ホームにて -2021.3.21-

「電車まだ来ないね」
「……そうだね」
「この時刻表って合ってるのかなぁ」
「…………」
 そう言って灰色の髪をした少女は、駅のホームの椅子からぴょんと立ち上がり時刻表を確認する。ボロボロな時刻表だ。時間を刻む形式ばった表には、電車がこのホームに到着するであろう時間が書かれていなかった。そのかわり、時刻表の上に一枚の紙が貼られている。
『三月二十一日に到着す。しばし待たれよ』
 貼り紙にはそう書かれていた。何時に電車が到着するかはわからないが、現在は紛うことなき三月二十一日である。
「この日に必ず電車が来るってことだよね? 時間書いてないけど……時間もどこかに書いてあるのかな」
「さあ……。他に貼り紙みたいなのは無さそうだけど」
「うーん……」
 少女は時刻表の周りを歩きながら見渡す。少年が言ったように、やはりどこにも到着日以外の報せは無い。
 少女は仕方なくまた椅子に着席する。日にちは合っているのだ。いずれ電車は来るだろう。そう淡く期待するしかなかった。
「お? こんなちんけな場所に人とは珍しいもんだ。それも子供とはな」
 降りかかった声に二人が顔を上げると、どこからともなく男性が現れ物珍しげに二人の元へ歩み寄った。
「どうしたんだ」
「電車が来るのを待ってるところです」
「おじさん何時くらいに電車が着くか知ってるー?」
 二人は立ち上がって用を伝える。時間がわかりさえすれば幸いだし、わからないと返されるものなら仕方ないとまた待つだけだ。
 しかし二人の予想とは大きく外れ、返されたのは呆れの混じった驚愕の顔だった。
「電車だぁ?」
「?」「え?」
「お前さんら、こんなとこに電車が来ると思ってんのか」
「えっ、だ、だって……」
「この駅からじゃないと行けない、開拓された新天地のような国があると聞いたのですが……」
 萎縮して言葉を詰まらせる少女のかわりに少年が続け、少女は肯定するように頭をぶんぶんと上下に振りまっすぐな眼差しを向ける。
 男性は頭を掻きながら空を見上げ、思い出したように眉をひそめる。
「あー……そういうことか。なるほどな……」
「おじさんなにか知ってるの!?」
「知ってるといえば知ってるが……まあ、なんだなぁ……」
 歯切れの悪くなる男性に二人は顔を見合わせ首を傾げる。知りたいことを男性が持っているはずなのに、待ち望むその先の言葉がなかなか出てこない。あと一押し、と少女は時刻表の上に貼られた紙を指差す。
「ほら、ここに、今日到着するって」
 はあ、と男性は白状するようにため息をついたあと、苦笑しながら子供に向けて言った。
「あのな……。三月二十一日ってのは、今年じゃなくて来年のことなんだよ」
「えっ」「えぇっ! 来年!?」
「電車とその国への行き来を運営してる管理人が本当呆れたやつでな。電車の運営以外にも色んな仕事掛け持ちしてるせいでなかなかこっちの運営に手がつかないんだと。馬鹿だよなー」
 笑い飛ばして明るく振る舞おうとする男性だったが、二人──特に少女は困惑の色を拭えない。どうしよう、と少年に声をかけるものの少年もどうしようか、と顔の色はあまり変わっていないが少女同様困り果てている様子だった。
「……まあ、管理人本人もこんな予定じゃなかったらしいけどな。元々は別の土地から国ごと引っ越してきたようなもんだが、国内の往来を変えなきゃそのまま運行できたものを、どうせならよりよく開拓してから行けるようにしよう、っつってこの有様よ。今年中に間に合いそうになくて整備不十分でも電車運行させるかどうか最後まで迷っていたようだが……やっぱりちゃんと準備を整えてからにするんだと。新天地、って言葉にふさわしくな」
「それじゃあ……準備が整ったら、すぐ電車が来るんですか? たとえば来月とか……」
「いや。その紙通り。早めに整備できたとしても三月二十一日に運行するらしい」
「えーっなんで! 早く動かせばいいのに」
「管理人のこだわりなんだわ。その月日がな」
 少女は口を尖らせるが、管理人ではない男性の前では無意味。少女の愚痴を男性は若干申し訳なさげに受け答えるが、たまたま通りがかっただけのなんの権限も持たない男性は、抗議や訴えを聞くことができても対処する術を持ち合わせてなどいなかった。そもそも男性への抗議自体、矛先が間違っているのだ。男性の責任ではないのだから。
「あと一年……」
「待ちぼうけだぁー……」
 変わらないなりに神妙な面持ちにも見える少年はため息まじりに呟き、少女は諦め受け入れた様子で椅子に座り込んだ。
「国へ行くための電車はまだ来ねえけど、国の様子がわかる仮の国家みたいなとこならあるぞ。ほら、あそこがバス停。直行バスだからすぐ行けるぞ」
「……え」「えっ!」
 思いもよらぬ報せに二人同時に顔を上げる。男性が指差す方向へ目を凝らしてみると、そこにはたしかにぽつんと、バスの停留所を示す標識板が一本立っているのが見えた。
「国の様子というか、国に行けるようになるまで先んじて申し訳程度に文化遺産を公開してるだけみたいなとこだけどな。古い遺産は順を追って修復中だから見れないのもあるけど」
「管理人さんの仕事の掛け持ちって、それ?」
「そうだな。それもある。──さ、どうする。一年ここで待ち続けるのもいいけど、来年まで退屈しのぎに遺産巡りするのもいいんじゃないか」
 話を聞いた二人は顔を見合わせごくりと唾を飲む。
「向こう、行ってみる……?」
「うんっ!」

 男性にお礼と別れを告げ、少年と少女はこのホームを後にした。








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