占いの国 -Cursed flute-

 左右に立ち並ぶ木々には赤や黄に彩られた葉が枝を覆う。木々に挟まれた道の上には枝から落ちたもみじが地面を彩る。そんな暖色が道の脇を侵食する往来を、自転車で駆ける旅人がいた。運転するのは十代前半の少年。黒色の髪は無造作に伸び、襟足が首につくかつかないかほどの長さをしている。灰色の上着を羽織り、中には白いシャツ。紺色のズボンに覆われた足を動かすたび、左腰に携えてあるナイフの鞘が揺れていた。傍から見ると邪魔そうだが少年は鬱陶しそうな顔をしていない。ただ気にしていないのではなく、彼には表情なんてものが存在しなかった。気力を感じられない、まるで死んでいるかのような目だ。  少年の後ろには十代にも満たない幼い少女が、少年の腰にしがみついて荷台に乗っていた。灰色のおさげをしており、頭の上に立つアホ毛が風によってゆらゆら揺れている。橙色の上着を羽織り、下はピンクのハーフスカート。背にはリュックが背負わされていた。 「ノンちゃんノンちゃん」 「……なに、シキ」 「きれいだねこの木」 「……そうだね」  二人の会話から少年をノン、少女をシキと呼ぶらしい。シキは普段見慣れていないらしき色鮮やかに染まる葉に目を奪われていた。その思いを共感してもらおうとノンにも言うが、返された言葉には表情と同じく感情は入っていなかった。  この対応に慣れているのかシキは気にすることなく、左右に立ち並ぶ木々に見惚れている。 「…………」  ノンはシキをちらりと見やると、少しずつ自転車の速度を緩め停止させた。 「ノンちゃん?」  きょとんと首を傾げるシキをよそに、ノンは言葉を返さないまま自転車から降りてスタンドを立てる。自転車から降りたノンは道の脇まで足を進め、右へ左へと何かを探すように見上げた。やがて、ひらひらと枝から離れ落ちていくもみじを捉え、手を器にしてその葉を捕まえる。ふわりと手の上に収まるそれは、赤く染まった夕陽のような色を帯び、形もまだ綺麗な星型を保っている。  ノンは自転車に戻ると、片手に持った紅葉をシキの髪にすっと挿した。 「わあ」  灰色の髪に鮮やかな赤はよく映える。シキは嬉しそうに目を開いて髪に挿されたもみじに触れた。 「ありがとうノンちゃん!」  にっこりと満面の笑みをシキは作り、それを見たノンは満足気にほんの少しだけ小さな笑みを見せた。  スタンドを外し、自転車に跨ろうとすると、前方からパカッパカッと地を鳴らす音が聞こえてくる。ノンは両手でハンドルを握ったまま目を凝らすと、一頭の馬が引いた馬車がやってきた。その馬車はノンたちの前に来ると止まり、運転していた白く立派な髭を生やした老人が声をかけた。 「やあ、若い旅人さん」 「……どうも」 「こんにちは!」  声をかけられ、ノンは軽く頭を下げて短く返答し、シキはすとんと荷台から降りて挨拶をした。 「君たちはどこへ行くのかね?」 「この先にある妙な噂のある国です」 「妙な噂とな……? はて、私は君たちが向かおうとしている先から来たんじゃが、何も無かったがのう」  髭をさすりながら不思議そうに老人はそう言った。 「変ですね……。占いというものが盛んと聞いたんですけど……」 「それはずいぶん前の話じゃろう。この先にあるのはそれはそれは大変寂れた国じゃよ。見たところもう誰もいなかったし、建物だって崩壊寸前。この先他に国は無いから、君たちが向かうのはきっとそこじゃろう。悪いことは言わない。引き返しなさい」 「……ご親切にどうもありがとうございます。ですが一度行くと決めてしまったので、何も無くてもその国を見ておこうと思います」 「うむ……そうかい。それでは、君たちの旅の幸運を祈願しているよ」  老人は言い終えると軽く会釈して、馬の手綱を引いて去って行った。  ノンは自転車に跨って再び漕ぎ出す。  二人が着いたそこは、まさに〝寂れている〟という言葉で十分なものだった。黄土色の土や粘土等で固められた家々。秋が運ぶ冷たく乾燥した風が時折吹いては鳴り響く。聴こえてくるのはそんな乾いた土が崩れるような砂の音と、黄砂を運ぶ風の音ばかりで、人の声はおろか人影すら見えないこの国に一層寂しさを際立たせていた。  ノンは自転車から降り、ハンドルを持って手で押しながら辺りを見渡す。シキも荷台から降り、自分の足でこの国の土地を踏みしめながらきょろきょろと見渡す。 「なんにも無いね」 「そうだね」 「今にも崩れそうだね」 「……そうだね」  周りにある家はひびが入っていたり、主体となっている砂礫が風の力だけでこぼれていたり、逆にすでに崩壊して外壁の上半分が損失している家もあった。 「使えそうな物無さそうだね」 「……うん。せめて食料があれば……」  ノンはシキを残して一軒の家に入ってみた。この地域の住宅には扉というものは無く、一面の壁に出入口らしき人が通れるほどの大きさをした穴がすっぽりと空いている。入ると中は薄暗く、砂埃が舞っていた。咳き込まないように、極力息を止めながらノンは足を進める。  入ってすぐのホールは広い空間を有しており中央には机らしき土の塊や、同様に土でできた腰掛けられそうな長椅子のようなものが置いてある。空間の周囲には少ないながら棚等の家具もあり、生活していた痕跡を見て取れた。ホールから幾方向の壁にはまた出入口と同様な穴でできた開口部があり、その中も入ってみると、台所や寝室、書斎らしき空間が存在した。  旅の費用となる物でも頂戴しようかと歩き回るが、役立ちそうなものは何も無い。家具はあるが、中身が無かった。棚の引き出しの中は空。寝室のベッドは土の塊。土の上で寝ていたわけではなく、土に布を被せていたのだろう糸くずをかろうじて見つけることができたが、その布も痕跡があるだけで無くなっている。  家の中は、まるで運べない家具だけを置いて引っ越したかのような有様。旅に役立ちそうな物は見つからず仕方なくノンは外に出た。 「何かあった?」  外で自転車と待っていたシキは、ノンが出てくると早々に尋ねる。ノンは首を横に振った。 「そっかぁ」 「もう少し探してみよう。もしかしたら人に会うかもしれない」 「うん」  あまり希望は持てないが、それ以外にすることもなくノンは自転車を引いてシキと共にまた歩いた。   正直者よ、さあ答えよ   この国に訪れる未来のやくを   正直者よ、さあ答えよ   ぬしは誠に正直か?   主の言葉に耳を傾けた愚民どもは   まさに愚民らしき正直者よ   われに言葉を並べるがいい   さあ、主は正直者か? 「……しゅよ、どうやらお客様が来たみたいですわ」

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