主婦に連れられ大広場に来ると、さすが国一のビッグイベントだろうか人が大勢集まっており前方が見えない状態だった。
紙吹雪が舞い、手を振る人もいれば、頑張れよと大声で旅に出る人に声援を送る人もいる。
「うぅ押し潰されちゃう……」
まだ幼く背の低いシキは、自分の背の倍ほどある人に囲まれ押され、もがき苦しそうにした。それに気づいたノンは、シキの手を取って背負い上げ肩車をする。
「これで大丈夫?」
「あっ、うん! ありがとう!」
肩車されたシキは目線が高くなり前が見えるようになった。
一番前の壇上の中央で国王らしき人がスピーチをしており、その後ろでは人がずらりと並んでいる。大きな荷物を持つ人や、コートを羽織って大きな銃を肩に掛ける人。この者らが旅に出る人たちだと容易に察することができた。
「国民のみなさん、さあ彼らに大きな拍手を送りましょう! 彼らの旅が無事遂行できるように祈りましょう! 未知なる外の世界へ出るという勇気ある彼らを称えましょう!!」
国王は最後の言葉を言い終えると、壇上の旅に出る者らに向けて手を広げ順々に紹介した。国民は王が言ったように、称えるように盛大な拍手を送り、届くように言葉をかけた。
人々はより壇上へと近づき、案内してくれた主婦も子の手を握りながら向かおうとしている。
「あたしは旦那のとこに行くけど、あんたらはどうする?」
「自分たちはいいです。食事も摂りたいので」
「そうかい。じゃあね、この国を楽しんで」
「はい。ありがとうございます」
「バイバイ」
波に乗るように主婦たちは他の人たちに混ざって進み、ノンはシキを肩車したまま波に逆らって反対の方向へ足を進めた。
二人は少し早い昼食を摂るため、適当に店を見つけて中へと入った。
その店内はシンプルで居心地のいい木造の喫茶店だった。お客はノンとシキだけで静まり返っている。国民のほとんどが『旅に送り出す会』を見に行っているせいだろう。
「旅人さんとは珍しいね。しかもこんな子供なんて。ご注文はお決まりかな?」
ウェイターの女性は注文を受けながら二人に対して興味を示すような目で見ていた。
「私は……えーと……このスパゲッティ!」
「はーい、ミートスパね。そちらのお兄さんは?」
「……水だけでいいです……」
「あら、水だけ?」
ウェイターは怪訝そうに再度確認を取るが、ノンはこくりと頷いた。顔を伏せ目も合わせようとしない無愛想な客だ。
「そう。それじゃあ確認させてもらいますね。ミートスパゲッティを一つ。あと水だけでいいのかしら?」
「いいでーす」
注文を繰り返すと、シキはノンと対照的に明るく答えた。シキの笑顔にウェイターもにっこりと笑い去っていく。
しばらくすると先ほどのウェイターが注文した物を持って、ノンの向かい、シキの隣に座った。
「お待ちどうさま」
「どうもー」
隣にウェイターが座ることを気にせず、シキは運ばれたスパゲッティを口にするが、ノンはウェイターに対して、じっ、と不審の眼差しを向ける。
「ん? なに?」
「……なぜ、座るんですか……?」
「ダメだった?」
「いえ、ダメとは言いませんけど……ただ気になっただけです」
「外の話が聞きたいな~と思って」
「外の、話ですか……」
「そうそう」
ウェイターは外の世界について興味を持っているようで、肘をテーブルにつけて爛々とした目でノンを見ながら言う。
「自分で出て行かないんですか? 今日はそういう日だと聞いたのですが……」
「えぇーだって怖いじゃん。いろいろと」
「それなら、少し出てすぐにまた戻るとか……」
「それもダメよぉ。法で、年に一度……つまり今日しか出ちゃいけないの。国内の人数に間違いがないようにー、だって。だから、すぐ戻るとしても出ちゃダメ。年に一回、国王に外に出ると申請してから出ないとダメ。それでさ、他の国はどうなのかなーって。君たちも王様に申請してから出たの? それともそういう制度はないのかしら?」
「……自分たちの国に王様はいませんでした。申請なんてものもしていません」
「あら、それじゃあどうやって旅に出たの? そのまま誰かに許可なく旅に?」
「はい」
「へぇー自由なんだ! いいなー。でもお父さんやお母さんには言ったんでしょ? 心配しちゃうものね」
ウェイターがそう尋ねた途端、シキの手が止まり、ノンの眉も少しだけぴくりと動いた。聞いてはいけないことを聞いてしまった、そんな不穏な空気が流れる。ウェイターはそのことに気づいていないが、シキはうかがうようにノンへと顔を向ける。
ノンは、死んだ表情を崩さずに、いつものように感情を入れずに答えた。
「自分たちは国を捨てた身です」
「──え」
予想もしなかった答えに、ウェイターは間の抜けた声を漏らした。
「母と父に失望して自分で勝手に国を捨て旅に出ました。なので誰にも言ってません。シキは自分を追ってついてきてしまっただけです」
自分のことなのにまるで無関心。他人事のように語るそれを吐き出すように淡々と捨て、水を飲んだ。
「あぁ、ごめんなさい……。私ってば、あなたたちがどういう経緯で旅をしているかなんて考えていなかったわ……。そうよね、そういう人もいるものね……」
自分の好奇心が不躾な願望だとは思いもよらず、ウェイターは二人に申し訳ない気持ちで頭を下げた。
「自分は気にしていませんので」
「わ、私も大丈夫だよ! お姉さん、心配しなくてグッジョブだよ!」
ノンは言葉どおり気に留めていない様子で返し、シキは口にソースを付けた顔で親指を立てた。
「シキ、ミートソースが付いてるよ」
紙ナプキンを取り、ノンは身を乗り出してシキの口の周りを拭く。二人の様子から下手な慰めではないことがわかり、ウェイターの顔に笑みが戻った。
「そう、ありがとう。二人とも優しいわね。他の国について聞くのはやめるわ。なんか二人に悪い気がするもの。……そのかわりに、一つお願いしていいかしら? 旅人さんにしか頼めないことなの」
「……自分たちにできることなら」