幸せな時間 -What is happiness for you...-

「あーつまんねぇなー。なんか面白いコトねえのか、ちくしょう」  そう口を尖らせているのは、山吹色の髪を耳元で短くおさげにした背の低い子供だった。マントを羽織り、もう春だというのにマフラーを巻き、服は右が半袖、左が長袖という奇妙な格好。そして下は短パンに草履という簡素な装いで、暑がりなのか、寒がりなのか、はっきりとしない風貌だった。手には焼き鳥に使われる竹串を巨大化したような、長さ一メートルほどある片先は鋭利、もう片側は肉厚な広い板状の先端をした形状の物を持ち、その手ともう一方の手を頭の後ろで組んでいる。眉間にしわを寄せており、なんとも退屈そうな顔がうかがえた。それでも歩くことを止めないのは、子の言う〝面白いコト〟を求めているからだろう。  周りの木々は薄い黄緑の葉を纏い、木の間をくぐって時折風がゆるやかに通る。春の報せを感じさせるかのような清々しいさわやかな日だ。  風に乗って揺れる木の葉、鳥のさえずり、働きはじめる虫の足音。耳をすませば聴こえるだろう、この自然の音が── 「つまんねー」  しかしこの者が音を聴こうとしないためまるで無意味だ。  歩いていると、唐突にガサガサ、と音が聞こえ子は足を止めた。その場でじっとしているとまた、ガサガサという草のこすれる音がする。 「……面白いコト、ねえかな……」  そう呟いた子は企むような悪戯な笑みを浮かべ口元を歪ませた。頭の後ろで組んでいた腕を解いて音のした方へと足を速めれば、次第に音も近づいていく。バッと茂みを割って入るとそこには、男性がしゃがんで草を掻き分けていた。 「──え、あ、どうも。こんにちは」  男性はいきなり現れ出た子に驚きつつ、掻き分けていた手を止めた。一見素朴な男性だが、頬の肉は少なく、若干やつれている。 「おう。ちわ」 「えーと、君は?」 「旅人。面白いコトを探してんだ」 「旅人? へぇ珍しい」  旅人が男の方を見てみると、手に草が握られていた。先ほどから聞こえていた音の正体はこれだろう。 「おじさんなにしてんの。それ、なに?」  礼儀を知らない物言いで旅人は男が手にする草を指さす。そんな無礼な旅人に対して男は咎めることはなく、朗らかな表情で答えてくれた。 「おじさんはね、村のみんなのために薬草を摘んでるんだよ。この薬草を乾燥させてすりつぶしてお茶にするんだ。これを飲むと、心が落ち着いて幸せになれるんだ。それに病気にかからないんだよ。キミも、飲んでみるかい?」 「うーんそうだね、飲んでみようか。毒じゃなければ」 「あはは。毒だったら飲ませないよ。それに、僕も飲まない」  わざと皮肉めいた言葉を発するが、彼は怒るでもなく笑って返す。旅人は図々しくも「じゃあ飲む」と近寄った。 「ちょうど水筒を持ってきてるんだ。今日摘んだのは村で調合するから、とりあえずこれを飲もう」  今摘んだ薬草を右腰に提げた筒型の容器にしまいこみ、肩から掛けてあった水筒を男性は手に取る。  水筒の蓋を兼ねたコップを外し、容器の口を開けて中に入っていた茶をコップに注ぐ。お茶はコップの底が見えるほど透き通る淡い緑の色をしていた。 「はい、どうぞ」 「オレ、人を簡単には信じないからね。おじさんが先に飲んでくれないと飲まないよ」 「疑り深いんだね、小さな旅人さん」 「誰が小さい! 誰が!」  小さいと言われたことが気に障ったらしく、旅人は眉間にしわを寄せて拳を作った。しかし男は気に留めずにくすくすと笑い、コップに注いだお茶をゴクゴクと二口ほど飲んで見せた。安全であることを証明するように。 「飲んだよ。さあ、どうぞ」 「ったく。オレが小さいんじゃなくて周りがでかすぎるだけだっての」  背丈のことを言われるのがそれほど嫌なのか旅人はぐちぐちと呟いている。かと言って飲まないという選択はしないらしく、差し出されたコップを受け取り、旅人はお茶を一口飲んだ。 「ん? うまいな、コレ」 「そうかい、それはよかった」  思いの外おいしかったらしく、さっきまで不機嫌だったのが嘘のように消え、旅人はゴクゴクとコップに入っていたお茶を飲み干した。 「ごっそさん。ありがと」 「いえいえ。旅人くん、これから行く所は決まってるかい?」 「いや。面白いコト探してるだけだから、行きたい場所は特に決まってないよ」 「だったら僕の村に来るといい。みんな歓迎してくれるよ。まあ、みんなといっても、とても少なくてね。三十人くらいの小さな村なんだけど……どうかな?」 「いいよ。行ってあげる」  あくまで子供の態度は依然と生意気だった。   ほどよく暖かい陽気があたりを照らす   それはまるで夢模様   やさしく包み込むような、そんな気を贈る   現実と夢と区別できないような暖かい陽が包む   いつの間にかそこは幸せの世界   春の陽気は夢のよう   春の陽気は幸せの色  男の歩く道をついていくと木々を抜け、木の葉の隙間から差し込んでいた太陽が顔を出した。抜けた先では平坦な道が横切って広がり、さらに先には透明に澄んだ小川が流れていた。水面に映った太陽の光がキラキラと反射している。石でできた小さな橋が小川を挟み、向こう岸に木製の塀が立ち塞がっているのが見えた。 「言ったように人は少ないよ。村も小さいんだ。だけど、のどかないいところだよ」 「ふぅん」  橋を渡るとすぐ、木でできた簡易な柵と門が二人を待っていた。周りに番兵らしき者は見当たらない。高さニメートルほどの塀や門だけが一応防犯の役目だろうか、と旅人は笑った。 「言っただろう? 小さいって」 「そうだな。ま、かわいいんじゃね」  男が門を開けると、中は広々とした敷地で木造建ての家がぽつぽつと建っていた。小さな子が駆け回っていたり、洗濯を干す主婦がいたり、薪を割っている体格ががっしりとした男もいれば、太陽の日を浴びながら散歩をするご老人もいる。この村はたしかに穏やかで、のどかであった。 「……面白みには欠けるけど、まあこういうのもいいかな」  旅人はきりっと吊っていた眉を少し下げ、相好を崩して呟いた。 「あ。あの人が僕の妻だよ。美人だろ? おーい」  さりげに惚気けを挟むと、男は正面に向かって手を振る。旅人も正面に目を向けて見渡せば、一人手を振り返してにこやかに駆けてくる女性がいた。 「おかえりなさい。けっこう摘めた?」 「ああ。これでまたみんなのお茶ができるよ。そうだ、紹介するよ。この子は旅人くん。行くところが特に決まってなかったようだからこの村に誘ったんだ」 「あらそうなの。よろしくね、小さな旅人さん」 「……ども」  その女性はたしかに肌がきれいで笑顔がよく似合う美人だった。膝に手を置き背を屈めながらにこりと微笑む女性に、旅人は頬を少し赤く染めて、首に巻いたマフラーを掴んで顎元に上げた。男に小さいと言われた時は声を上げたのに、美人な女性を前に声は出なかった。 「あらあら、かわいい」  うふふと笑って女は旅人の頭を撫でた。 「旅人くんこれからどうする? 僕の家へ招待したいけど、よかったら村を案内するかい?」 「あーそうだな。勝手にぶらぶらしてるよ。案内も無用だ」 「そうかい? じゃあ、何かあったらうちにおいで。僕たちの家はすぐ前だから」  そう言いながら男が指す先には緩やかな丘が続いており、その頂上に一軒の家があった。 「わかった。ありがと」 「どういたしまして」  男と女は横に並んで仲睦まじく帰って行く。二人を見届けた後、旅人は空を見上げて頭の上で腕を組み、ついでに足も組んで考え込んだ。 「……さて。どうするかな……」  澄んだ蒼空。ぽつりぽつりと空に咲いた少ない雲がのんびり流れている。旅人がこの態勢でしばらく唸っていると、ふいによしっと手足を解いた。 「小さいんだから一周してみっか」  やることが決まったようで、旅人は歩き出す。そして──

     <+次へ+>

---back---
TOPへ