商売する国 -I will take it-
こんにちは。シキです。隣で帽子をかぶって歩いている男の人はノンちゃんです。あまり笑わないし無表情に見えますが、とても優しい人です。私とノンちゃんは旅人です。関係はと聞かれれば兄妹と名乗っていますが、血の繋がりはありません。
今私たちが向かっているのは、商売が盛んな国らしいです。他の国から物資交換をしに人が来たり、パフォーマンスをしたり、見せ物をしてお金を稼ぐ人もいるらしいです。
「もう金が無い……資金集めないと……あとシキのための食料を買って……それから……あ、水も欲しい──」
ノンちゃんはさっきからぶつぶつと呟いています。他の人には変わらない表情に見えるかもしれませんが、私から見ればとても深刻そうな顔つきです。
「何か売ったりするの?」
「……コレを」
ノンちゃんは腰の後ろに差していた黒い横笛を取り出しました。
「売っちゃうの!?」
これは私たちが旅に出る前、言わば『仮旅』の時に訪れた国の長さんからもらった黒色の横笛です。吹けば絶対占いが当たるそうです。
「いや。占いをして資金を稼ぐ」
「あ、なるほど。でもノンちゃん占いなんてできるの?」
「この笛が教えてくれるから」
「……えと……?」
「……。いや、なんでもない……」
ノンちゃんが言うには、この笛は喋るらしいです。私にはその声が聞こえません。ノンちゃんが嘘をつくわけないから本当だと思うけど、やっぱり信じがたいです。吹く人が占いをするのではなく、吹くと笛が占ってくれる、とのこと。
「ねぇねぇノンちゃん。ためしに占ってみて! 私についてとか!」
「………」
ちょっと興味本位で言ってみると、ノンちゃんは聞き入れてくれたのか立ち止まって笛を口に当てて息を吹き込みました。わくわくとした気持ちで待っていると、スゥゥ、と息が笛に入る音だけが聞こえました。
「……」「……」
ノンちゃんはもう一度息を吹き込みました。
プスゥゥ……。
「……」「……」
笛の音は出ませんでした。
「黄色がラッキーカラー」
「え──っ! もう占ったの!? 音出てないよノンちゃん!」
「うん。出なかった。でも教えてくれたから」
いつの間にかノンちゃんが笛を吹けるようになっていて、きれいな音で演奏してくれるかなと想像しましたが、ただの幻想でした。そういえばノンちゃんといつも一緒なのに、笛を吹いているところを見たことがありません。占うために吹けるかどうかは関係ないということかな。
ノンちゃんは何事もなかったかのように笛を腰の後ろにあるホルダーに戻してしまいました。
「ほ、他には?」
「……。水に流せ」
「えっ?」
「って言ってた」
……どういうこと?
「もう着くよ」
ま、いっか。
国に入るために審査を受けます。名前とか、年齢とか、そういうのがあるのはわかるけど、この国では『どんな出し物をしますか』という質問も受けました。出し物が前提なほど商売が盛んな国ということでしょうか。
「占いをします」
「へぇ、君にできるのかい?」
「自分がやるわけじゃないですけど……」
「おじさんに試してみてくれないかな?」
「……やったらそれなりにお金をもらえますか?」
さすがノンちゃん。しっかりしています。審査官のおじさんは苦笑いをして汗を垂らしながら言いました。
「まあ、当たったらね」
「では試します」
ノンちゃんは笛を取り出して、息を吹き込みました。もちろん音は出ないです。音が出なかったことが面白かったのか、おじさんは腹を抱えて笑っていました。
「……忘れ物。気づいたときにはもう遅い」
「ん? どういうことか……あぁッ! しまった! 先輩に書類を提出しないといけないんだった、」
──ゴンッ
「今ごろ気づいたか新人。仕事はきっちり守らないとやっていけないぞ。特にこの仕事はな」
「す、すみません……」
後ろからおじさんと同じ服を着た先輩らしいおじさんがげんこつをして叱ります。占い当たったみたい?
「はい、どうぞ。少ないけど許してね。始めたばかりで給料低いんだ」
「どうも」
約束どおり、ノンちゃんはおじさんからちょっとお金をもらいました。国に入る前からお金を稼げるってすごい。さすが商売の盛んな国ってことでしょうか。
「じゃあ出し物は占い、っと……はい、これを持って中に入ってね」
そう言うとおじさんは、首に掛けられるような、糸のついた板をノンちゃんに渡しました。その板には『占い』と書いてあります。
「これはなに?」
「これはね、お嬢ちゃん。『こういうことをしているのでどうぞ寄ってください』って意味の看板だよ。国門で正式に出し物の許可を取った証でもあって、お客様が安心して立ち寄ることができるんだ。下の方に番号が書いてあるだろ?」
「番号?」
板を確認してみると、たしかに下に小さく十個の数字が並んでいます。
「もし不正をしたり詐欺紛いなことをしたらその番号を元に国側に通報されて、罰金を払ってもらうと同時、この国から永久追放されるから注意してね。未来永劫この国への入国も禁止になるよ」
「……なるほど」
「へぇー」
説明を聞くと、ノンちゃんはその看板を首に掛けました。ぶらんと下がる看板は、見ているとなんだかノンちゃんが捨てられた仔犬か仔猫のようにも見えてきます。
「審査は以上です。さあ、国内へどうぞ。いっぱい稼いじゃってください」
おじさんが笑って手を振って見送り、私も手を振って返しました。ノンちゃんは返さずに、ぶらぶらと看板を揺らしながら進みます。邪魔そうですが、気にせず進みます。正面を歩く中なんとなくもう一度後ろを見てみると、おじさんが先輩さんに説教されているのが見えました。