私の叫び声と同時くらいに鉢植えが割れた音が響きました。思わず私は目を瞑ってしまいましたが、だんだん集まる騒ぎ声に恐る恐る目を開きます。歩いていた人は立ち止まり、いつの間にか音のした場所を囲うように人集りができていました。
「だ、大丈夫かいアンタ!」
四階から鉢植えを落としてしまった人の呼びかけに肩が跳ね、私も急いでノンちゃんとお姉さんの元へと走りました。人集りの隙間からノンちゃんとお姉さんが倒れ込んでいるのが見えます。
「──は、はい! なんとか!」
どうやら女の人は無事だったようで四階の人へと声を上げました。近くまで来てみると、ノンちゃんが走り込んでお姉さんを覆うように庇ったおかげで、鉢植えは誰の頭にも落ちてくることなくそのまま石畳の地面に落ちて割れたようです。庇った反動で二人とも倒れてしまったみたいですが、ケガもなさそうです。
「あの、占い師さん。ありがとう! あなたの占いすごいのね。もう少しで私危なかったわ! これは助けてくれたお礼よ、受け取って」
お姉さんもノンちゃんもしゃがんだまま、お姉さんはノンちゃんの両手を握りしめて占ってもらった代金なのか助けてもらったお礼なのかお金を渡しました。
そしてお姉さんは立ち上がるとパッパッと服についた砂を払い、この一部始終を見て立ち止ってしまっていた通行人に呼びかけるようにして言いました。
「聞いて! 私この若い占い師さんの言葉を聞いていなかったら最悪死んでいたかもしれないわ! この子は未来が読めるのよ! 現に未来起こりえただろう私の事故を身を挺して防いでくれたわ! みんなもこの子から何か占ってもらうといいわ!」
それを聞いた人たちはざわつき始めます。元々は信用できない音の出ない笛の占いだったのに、そんなことすっかり忘れているかのようにお姉さんはノンちゃんの占いについて高く評価してくれます。態度がさっきと全然違うなぁと思いながらも、実際占いのおかげで助かったものだし、お姉さんにとってはこの出来事が占いを信じるのに十分なものだったのでしょう。
お姉さんは立ち上がったノンちゃんの手をもう一度取って強く握り、さっきとは違う明るく満面の笑みを向けました。
「本当にありがとう占い師さん。たくさん儲けてね!」
それだけ言うとお姉さんは行ってしまい、時間が止まった様に動きを止めていた人たちはじっとノンちゃんを見つめます。なんだか嫌な予感が過ぎりました。
「……あの……」
この空気に耐えきれなかったノンちゃんが一言発すると、それを引き金に通行人の波がノンちゃんを囲むようにザァッと集まってきました。その勢いに圧倒されて、私もノンちゃんも足を後ろに下げてしまい、間もなくコツンと背中が壁に当たってしまいます。
「オレの未来も占ってくれ!」
「私も私も!」
「私も占ってください!」
押し寄せる人たちに私もノンちゃんも唾を飲みました。私はちょっと怖くなってノンちゃんにしがみつくように抱きつきます。私がノンちゃんを見上げていると、ノンちゃんと目が合い、そしてノンちゃんは顔を前に向けて言いました。
「あの……順番に……」
お姉さんを助けたおかげでノンちゃんは占い師として人気になってしまいました。お姉さんの事故を防いだ瞬間を見ていた通行人はもちろん、遠い方からも駆けつけて来る人もいます。去ってからもお姉さんが宣伝してくれているのかな。
お客さんが増えたのは嬉しいけど、私は呼びかける必要もなくなり退屈になってしまいました。今やっているのはノンちゃんの帽子を持って、それを占い代入れとして持って立っているだけです。お客さんは気前がいいみたいで自分からそこそこの代金を入れてくれるので私から何か言う必要もありませんでした。本当にただ突っ立っているだけです。
「……シキ、少し遊びに行く?」
「え?」
そんなにつまらなそうな顔をしていたのかノンちゃんが声をかけてくれました。
「自分は行けないけど……色々見て来る? それも下に置いていけばいいから」
「うん!」
実は色んな商売を見て回りたかった私です。大きく返事をした後ノンちゃんから帽子の中のお金を少しもらい、出かけることになりました。
「何があるかわからないから、あまり遠くには行かないようにね」
「うん! 大丈夫だよノンちゃん! じゃあ行ってきまーす」
ノンちゃんに手を振りながら、私は占いの順番を待つ人混みを掻き分けて出ていきました。
広い国なので迷子にならないよう、この通りを行き来してみることにしました。この通りの商売は小さな区間ごとなので、少し歩くだけで別の出店が広がっていて見ているだけでも楽しいです。おいしそうな物が売っていたり、ガラスで出来た工芸品を売っていたり、似顔絵を描いてくれたり、ゲームの出し物もありました。
ノンちゃんの姿が見えなくなるくらい歩いていくと、少し気になる出し物があって私は足を止めました。
「ご覧! この見た目ごく普通でありきたりな一羽のヒヨコ。しかしちょっと立ち止まって聴いてみてはいかがか。なんと、喋るヒヨコなのです!」
なんとなく気になった私は、そう宣伝する人を半円になって囲むように見物している人の中に入り、一番前まで進みました。そこには少し太ったおじさんと、おじさんの前に置かれた白いテーブルクロスが掛けられた机があり、その机の上にちょこんと座っている小さなかわいいヒヨコがいました。しかしそのヒヨコは紐で縛られていて、どこか不機嫌そうに見えます……。なんだかかわいそうにも見えました。
「ほらさっきみたいに喋ってごらん」
おじさんがヒヨコに顔を近づけてそう話しかけましたが、そのヒヨコはぷいっと顔を逸らし、その拍子で私と目が合いました。
そのヒヨコはじっと私を見てきます。するとくちばしをぱくぱくと動かして普通は聞こえないだろう小さな声でこう言ったのです。
『あんた、オレと同じだな?』
──喋った……!?
声が出そうだったのを堪え、思わず口を手で塞いで心の中で叫んでしまいました。
「おいおい喋んないじゃないか」
「なんだつまんないの」
「違うとこ行くか」
ヒヨコが喋るところを見ようとした人たちはつまらなそうにどこかへ行ってしまい、私だけがここに残ってしまいました。私が叫んでしまったら大騒ぎになってしまうところだったかもしれません。
きょろきょろ見渡して人が寄ってこないことを確認すると、私はテーブルに近づいて話を聞いてみることにしました。
「おじさん、このヒヨコどこで見つけたの?」
「ああ、お嬢ちゃん……。こいつは国の外で見つけたんだよ。この国に向かう途中で偶然喋るところを見ちまってね。いい商売になると思ったんだけどなぁ」
「へぇ」
おじさんから話を聞いた後、私はヒヨコに顔を向けました。
「ねぇねぇ、同じってどういうこと?」
「そのままの意味だよ。あんたも 偽 人 だろ?」
私の聞き間違いではなく、たしかにヒヨコはまた喋りました。今度はしっかりと。おじさんは目を見開き驚いた顔をしています。
でもそれより……
「ヒヨコちゃんも偽人!?」
「おう」
このヒヨコちゃんは私と同じ偽人でした。
「おいなんで今喋るんだ!? なんでさっき喋らなかったんだよ!」
「うっせぇオレは見せ物じゃねえんだよ」
たしかに。ヒヨコちゃんはおじさんに顔を向けてそう怒鳴りました。見た目はかわいいのに意外と口が悪いヒヨコのようです。
「なあ、助けてくれねえか? こいついきなりオレを縛りつけて無理矢理ここに連れてきたんだよ」
「そうなの?」
「そりゃあ喋るヒヨコなんて見たことも聞いたこともないからな。いい出し物だと思ったんだよ。お嬢ちゃん、こいつが喋るとこを見たんだからお代をもらおうか?」
さすが商売が盛んな国でしょうか、このおじさんはちゃっかり代金を取ろうとします。この人の出し物を見たのだから支払うのが当然だとは思うのですが、このまま素直に払うのはなんだか納得いかない自分がいて顎に手を置いてちょっと考えました。
「おじさんがそのヒヨコちゃんをくれたらお金払うよ」
「は!?」
「っしゃ!」
「ダメダメダメ! こいつは俺の大事な商売道具なんだから!」
「動物は道具なんかじゃないよ! こんなことしたらかわいそうだよ!」
「そーだそーだ! かわいそーだろ!」
「お前が言うなよ!」
「このヒヨコちゃん私に譲ってくれなきゃお金払わないよ!」
「だったらさっさとどっかに行ってくれ! 商売の邪魔だ!」
おじさんは手を上下にひらひらと振り、私を邪険に扱いました。私は顔を膨らませてひとまずその場を退散することにしました。
「ヒヨコちゃん待っててね! またあとで助けに来るから!」