待つ国 -Wait just wait-
温かな陽が照らす細い道。脇には木々が生い茂り、小鳥のさえずりが響き渡る。ゆったりと時間を刻むのどかなこの道に、十代ほどの子供が二人歩いていた。
「ノンちゃん、あとどれくらい?」
そう尋ねるのは灰色の髪をおさげにした幼い少女。頭の上のアホ毛が歩くたびにヒョコヒョコと揺れている。黄色のリボンが付いた白い服を中に着、橙色の上着とピンクのハーフスカートを身につけ、小さなリュックを背負っていた。
「地図によるとあと数十分……かな」
ノンと呼ばれた少女より年上の少年。無造作に伸びた黒色の髪をしており、耳は髪に隠れ襟足は首にまとわりつくくらいの長さをしている。茶色の帽子をかぶっていたが、帽子の影からのぞく目は死んでいるように虚ろで、まるで気力が感じられなかった。灰色の上着を羽織り、中は白地の服に紺色の長ズボンを履いている。
「シキ、着いたら何がしたい?」
「うーん……何か食べたい!」
シキと呼ばれた少女は、にっこりと明るく笑いながら答えた。
「そうだね。着いたら何か食べようか」
シキの要望に応え、ノンは死んだような目をしたまま賛同した。
二人は国に着き、入国審査を受けた。
「渡井ノン君とシキちゃんね。兄妹で旅を?」
「ええ、まあ」
「こんな小さいのにもう旅をしているんだ! 偉いねぇ。いやぁ、自分にも息子がいるんだけどとんだ小心者でねぇ。度胸試しに旅をしてこいって言って、最近やっと行ってくれたばっかなんだよ。もう二十歳にもなるのに、まったく恥ずかしいものさ」
「……あの、入国してもいいんですか?」
脱線していく審査官の身内話に少々顔を渋めながらノンが問い、審査官は苦笑しながら手続きに戻った。
「あはは、ごめんね。旅をしているならなにか身を守る物とかは持っているのかい? ナイフとか……まさか持っているとは思えないけど銃器とか……」
「ナイフは一本持っています。あとは体術を心得ているくらいです」
「ナイフ一本!? そ、そう……はは、おじさん感心しちゃうな……。えっと、この国の治安が悪いってわけではないけど、用心のために持ち込みは可能だよ。でも誤って人や動物を殺したりしないように。たとえ小さな旅人でも罰せられるからね」
「気をつけます」
「それじゃあ入っていいよ。出るときはこのゲートから通ってね」
「どうも」
審査官は手を振って二人を見送ったがノンはそれに返さず、シキの手を繋いで門をくぐった。シキはノンの手を握りながら、顔を後ろに向けて審査官に空いている片方の手を振って返した。
国に入ると、人が忙しなく歩いたり走っているのが目についた。みな同じ方向へ足を進めているため、国中で何かが起きるのだろうと察した。その〝何か〟までは入ってきたばかりの二人にはわからなかったが。
「お祭りかなぁ」
シキはうきうきと興味津々な眼差しをしながら胸を高鳴らした。
「……お祭りだといいね」
「うん!」
「おや、あんたたち見かけない顔だね」
突然声をかけられ振り返ってみると、三角巾をかぶった女性が二人を見て立ち止まった。シキよりも年下であろう子供二人を連れている。
「……どうも。ついさっき入国した者です」
「つまり、旅人さんかい!?」
「……ええ」
いきなり大声をあげて主婦が言うものだから、少しびっくりしたのか眉を一瞬だけぴくりと動かしノンは肯定をした。
「あっはっは! 旅人なんて何年ぶりだろう! 今から広場で『旅に送り出す会』ってのを見に行くんだけど一緒にどうだい?」
主婦に誘われ、ノンはシキに顔を向ける。
「……行ってみたい?」
「行く!」
「……それじゃあご一緒させてもらいます」
誰だってみんなハジメテはこわい
でも新しいことに挑戦しないと成長しない
だから一歩踏み出そう
大丈夫
ただオワリが早まるだけなのだから──
「春の兆し……初の風か……」
「何か言ったかい?」
主婦とその子供の後ろで歩くノンはそよ風に吹かれぼそりと呟いた。
「いえ、なにも」
ノンは顔色を変えずそう返し、帽子の鍔をつまんで下げた。
「おばさんおばさん。『旅に送り出す会』って何? お祭りじゃないの?」
「んー、国内でのビッグイベントだけど祭りというよりは行事に近いかな。国中で年齢を問わず旅に出たい人を集めて、年に一回こうして旅に送り出してやるのさ。一人旅をしたいとか、恋人同士で行くとか、仲間で行くとか……あぁそういえば新婚旅行を兼ねて旅に出た人もいたねぇ」
「へぇーすごいねぇー!」
「だろだろ! 今回はうちの旦那も職場の仲良いやつらと一緒に旅に出るんだよ。それを家族そろって見送ってやるんだ!」
審査官の男も旅に出ることを偉いと称し、度胸があると言っていたくらいだ。この国では旅に出ることを誇る風習があるのだろう。待ち遠しかったように主婦は前を向いて明るく笑っており、子供たちも自慢げに笑っていた。その笑みがノンにとっては明るくて、眩しくて、ふぅと顔を伏せてしまった。
「どうしたんだい?」
ノンの物言いたげな表情に気づいて主婦は声をかけるが、
「いえ……なにも」
ノンは相変わらず帽子の鍔を深く下げてそう答えるだけだった。きっと自分が言っても聞く耳を持たないと、無意味な台詞だと知っているから、ノンはただ静かにぽつりと心の中で呟く。
『あなたの旦那さん、死にますよ』
その一言を。