数日後。出国する日になり、ノンとシキは宿の外に出る。連日宿泊させてもらっていたため宿の子供からも懐かれ、そして憧れられてしまった。子供も旅に出たいと言い出して聞かない。ノンがまた冷たく言い放つも効果なく、シキが「お母さんをひとりぼっちにしたらお母さんが寂しくて泣いちゃうよ」なんて諭してすんなり言いくるめてしまった。がっしりと母親を両隣から抱きつく幼子は愛おしい。シキはお姉さんぶってにっこりと二人の子供の頭を撫でてあげた。 「それでは。お世話になりました」 「お世話になりましたー」 「こっちこそ、旦那が行っちまったかわりにあんたらが来てくれたおかげで、寂しさが吹っ飛んで楽しかったよ。道中気をつけて。旅の中で旦那と会ったらよろしく言っといてくれ」 「はい」  二人は歩き出し、母子三人は手を振って見送った。 「やあ、久しぶりだね。渡井ノン君とシキちゃんだったかな?」  最初この国に訪れた時に言われたように、入ってきた所と同じ門をくぐると審査官が軽快に声をかける。 「……はい。出国の手続きをお願いします」 「それじゃあ出国をするにあたってアンケートを書いてもらうけどいいかな?」  ノンとシキはアンケートを引き受け、審査官がいつもいる円柱状の小さなレンガ造りの詰所に入った。  アンケートは最初に名前や年齢、滞在期間などが書いてあり、そのあとにこの国で訪れた場所、会話した人(覚えている範囲の人数でも可)、食べた物、滞在中に体調を崩したもしくは病気にかかったか否か、そして楽しかったこと、つまらなかったこと、印象に残ったこと等の感想など、事細か記載する欄があった。 「項目多いけど許してね。この国の規則なんだ」  書く量の多さに二人は一時圧倒されたが、素直に記述していく。ノンの頭には国王との対談の話が過ぎっていた。書き進めて感想の項目に入ると、関心を持たないノンはその姿どおり『特になし』という回答ばかりをし、逆にシキは真剣に考えていたため時間がかかってしまった。 「アンケートありがとう。それじゃあ気をつけて。いってらっしゃい」 「いってきまーす」  初日同様に、審査官は手を振って見送ったが、やはり返したのはシキだけだった。  いつもの旅に戻り、ノンは帽子をシキのリュックにしまって二人歩き出す。  滞在中に食料を十分に調達し、新しく地図も買っておいた。必要なものを買い揃え、今度はいらない物を売った。旅の中でシキが趣味で拾った石が意外と高かった。 「お気に入りがぁ~~」  石は貴重な宝石だったらしい。シキにとってもお気に入りだったらしく渋っていたが、石の代わりに安くてきれいな石のようなプラスチックを買ってあげるとそれで満足した。  逆に、売ってくれとせがまれたのは、ノンが腰に携えていたナイフと黒い横笛だった。 「そのナイフ、売ってくれぇ!」  切れ味十分。見た目もきれい。店の人はお目が高い。だが、 「自分専用です。売ることはできません。旅に支障も出てきます」  すんなりと断る。当然のことだった。 「それじゃあその笛を!」  黒い横笛は妙な柄を帯びている。禍々しくも惹きつけられる繊細で見事な唐草模様。見る人には精巧な代物として映るだろう。 「できません。呪われた笛ですから」 「……」  そう言ったら絶句された。  いらない物を売ったらリュックが軽くなった。新しく買った物が多くて、今度は重くなった。ノンがリュックを背負うと言うが、シキはそれを拒んだ。ノンの役に立ちたいらしい。  いつもどおりだ。いつもどおりの旅だ。  国であったことを二人で話し合い、思い出を楽しむ。シキは楽しいが、ノンの表情は変わらない。本当に楽しかったのかと疑問に思うが、それでもシキは話せるだけで満足。  固い絆で結ばれた二人だから、ずっと旅を続けられる。ずっとだ。信頼は厚い。  だからこんなことにもならないのだ── 「……ノンちゃん……」 「目を塞いで。鼻もつまんでおくんだ」  国を出てから数週間が経った。  雑木林を進んでいた道中に、死体が四つ転がっていた。死因はどうやら銃殺らしい。骸に穴が空いている。  よく見るためノンが死体に近づく。もちろんシキには近づかせない。それが兄としての務めだ。  死体の荷物を調べてみると、食料がひとつも無かった。銃のホルダーはあるのに肝心の銃が無く、銃弾も見当たらなかった。血は固まり淀んだ赤黒い色に変わっており、察するにすでに何日かは過ぎているだろう。ある程度まで近づくと、鼻につくような臭いが増した。腐敗臭が漂う。  それだけわかればすぐに撤退した。ノンはシキを連れて死体から遠くに行こうと道を外れる。迷わないよう、ちゃんと地図を見ながらに。  夜になる頃には死体から離れるあまり、木々が深い場所まで来てしまった。星灯りが心許ない。  野宿のためノンは落ちている木の枝を拾い、一ヶ所にまとめて火を焚いた。 「ノンちゃん……今日見た死体……」 「……シキは気にしなくて大丈夫だよ」 「あれって事故? 餓死? それとも……」 「シキ、気にしなくていいんだよ」  木の根元で膝を抱えて座るシキに、ノンは強い目をして言った。 「大丈夫だよ。何があっても自分がシキを守るから」  もし人為的ならば犯人がどこかにいるかもしれない。ノンは守ると安心づけるように言うが、それでもシキの不安が完全に消えることはなかった。  今夜の晩飯は炒飯の缶詰。先日訪れた国で滞在中、新商品として売られていたため試しに買ったものだ。 「別の容器に入れ替え、水を指定量入れ、三分温めれば出来上がり……なお、缶ごと温めると破裂する恐れがあるのでおやめください」 「破裂!?」  そう表示されてあったので、米を炊くのに使う飯盒の中に、缶に入っていたパラパラの炒飯と水を入れてしばらく火に近づけて温めた。  三分経って蓋を開けてみると、煙が立ち込める。やや焦げ臭いにおいがするものだから混ぜてみると、下の方が少し焦げていた。 「……焦げたね……」 「……焦げちゃったねぇ……」  だが食べてみると意外とおいしい。焦げた部分が味にアクセントを加えた。シキはお腹がいっぱいになり大満足だった。ノンは水だけの晩飯。  食べ終わったら歯を磨いて火を消し、そして寝る。煙くさい、この森の中で。

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