風の前 -Winder-

 太陽が照り、眩しい日差しが降り注ぐ森。その森の中で落とされた木陰に入りながらさまよう二人の子供がいた。  一人は十代前半の黒い短髪の少年。白い半袖と紺色のズボンを着用しており、腰には灰色の上着を巻き付けてある。もう一人は十代にも満たない少女。灰色のおさげに茶色の帽子をかぶり、胸元に小さな黄色いリボンがついた白色の半袖を着、ピンクのハーフスカートを履いている。荷物が多いのか、やや膨らんだリュックを背負っていた。 「あぁん……暑いよぉ」  顔中ベッタリと汗を垂らし、眉を八の字にして少女は嘆きの声を上げる。背中を曲げ、一歩一歩が重い足取りをしており、見るからに疲れ果てていた。 「暑いって言うと余計に暑くなるよ、シキ」  少年がシキと呼ぶ少女に向けて言った。心配するように言うが、少年の表情に感情の色はなく、目は死んでいるかのように虚ろだった。 「うぅ……ノンちゃん……」  シキはすがるような目をしながら、ノンと呼ぶ少年を見上げる。そうされてもノンにはこの暑さをどうにかする超常的な力も、手から氷を放つような特殊能力だって持ち合わせていない。ただの平凡な子供なのだ。為す術もなく、口を閉じることしかできなかった。  だが唐突に、ノンは何かを感じ取り前方の一点を見据えた。 「どうしたの?」 「しっ」  シキが首を傾げながら問うと、ノンは口元に指を当てて耳を澄ませる。  ……ザァ……ザザ……ァ……  かすかに聴こえたその音は、 「水だ」 「えっ?」  超常的な力も、特殊な能力も持ち合わせてはいないが、ノンは人一倍聴力が優れていた。 「シキ、近くに水がある。そこで休もう」  ノンはそう言ってシキを肩車し、急ぐように駆け出した。 「ちょ、ノンちゃん!?」  そうしてたどり着いた場所には滝壺があった。轟々と勇ましく流れ落ちる滝は、ノンたちが立つ地上から数十メートルもの高さがある。誤って落ちたらただではすまないだろう。しかしその分水しぶきは高く上がっており、周辺の温度が冷やされ心地良い環境になっていた。 「ここなら涼しい?」 「うん!」  シキは満面の笑みで返し、滝壺の水に手を入れる。ひんやりと冷たい水温が直に伝わった。 「ひゃっ! 冷たい~」  帽子をリュックにしまって下ろすと、靴を脱いでスカートの裾を持ち上げ、足を水の中に入れる。足を入れた瞬間水温が身に染みたのかほんの少しだけ体を震わせたが、すぐに慣れバシャバシャと駆け回った。さっきまでの疲労の色が嘘のように消え、シキの顔に明るい表情が浮かぶ。  楽しげにはしゃぐシキの様子にノンは胸を撫で下ろし、自身も滝壺に近づいた。  その時、  ──バシャァァン 「!」「!」  何かが滝壺に落ちたのか、滝によるものとは別の水しぶきが一つ上がり、二人は驚いて音のした方へ顔を向ける。  ノンは慌てるように滝壺に入り、最悪な事態を想定しながら落ちたモノが何か確認しようと足を進めた。シキも近づいてきたが、自分より前に出さないよう後ろに立たせた。  落ちてきたモノに近づくと、それはゆっくり水面に浮き上がる。  人だ。  長い髪が水面に揺れ広がるさまは気味が悪く、思わずシキは声を上げて叫びノンにしがみついた。だがよく見ればその髪は綺麗な金色をしている。太陽の光を受けて反射し、より輝いて見えた。ノンがその体を動かしてみると、幼い顔をしており、少女と判別することができる。赤い液体が出ていないことから血は出ていないらしい。  とりあえずとその少女を陸地に引き上げた。胸に手を置くと、かすかに心音が伝わりまだ息がある。  滝壺に落ちてきたにも関わらず外傷なく息をしていることは奇跡に等しかった。だが、外傷はなくとも内傷はあるかもしれない。意識も戻らないため安心できない状態だった。 「こういうときは……人工呼吸……?」 「ち、違うよ! その前に胸をこう押して水をはかせるの!」  シキは手のひらを下に向けて肘を曲げ伸ばし、体を使って必死に動作の説明をする。なぜか慌てるように。顔を赤らめながらに。 「シキ顔が赤いよ?」 「だ、だって……人工呼吸って言ったら……ノンちゃんとその人と……く、く、唇を合わせて……」  ようするに嫉妬のようなものだった。ノンが見ず知らずの女とキスのような形をするのが嫌らしい。想像するシキの顔はみるみるうちに赤く染まっていく。 「?」  ノンにませた女子の気持ちなど理解できるわけもなく、シキに言われたように胸のあたりを押して水をはかせてみた。  初めてだったために手加減がわからず、グッと押してみると、 「ぅばっ!」  水と共に奇声が少女の口から飛び出てきた。  意識を取り戻した少女は、起き上がって腹部を叩きながら苦しそうに咳き込む。 「ゲホッゲホ! た、助けてくれたのは……、ケホッ……嬉し、ケホ……ッ! けど……もう少しやさしくやってくれないかなぁ……ゲホゲホッ!」  ノンもシキも、少女のむせる姿に茫然と立ち尽くしてしまった。

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