森の中で -Memory of the travel-

 ○○月○○日  森を抜けてひとつの国に着いた。抜けて……と言うのもどこかおかしいな。ここは森の中なんだ。森の中の国。  森の外では、入ったら二度と出ることができないと悪い噂が立っていたのに、ここに住む人々はとても穏やかで優しく、毎日を平穏に過ごしているようだ。  外からやってきた人はこの国に定住しているだけではないだろうか?  詮索は明日にしよう……。  今日はいい人に出会えて運が良かった。おかげで野宿せずにすむ。  ○○月○╳日  今日はこの国の人たちから色々な話を聞いた。  この国に住んでいる人たちは森の外へ出られないということ。昔出ようとした人もいたみたいだが、森の中を進んでいたはずなのにいつの間にか国に戻ってしまっていたのだとか。  森の中に化け物が棲んでいて、その化け物が妙な力で閉じ込めている、なんて言う人もいた。  国に不自由があるわけでもないため今ではわざわざ外へ行こうなど、自ら危険を冒すような真似をする人は少ないらしい。  国の外から人間が来ることは稀にあるようで、定住はせずにまた国を発っていくそうだ。  国民は森を出ようとしても国に戻ってしまうのに、外から来た人が再び森に入ってもこの国に戻ることはないようで、なんとも不思議な現象だ。  ……待てよ。外の噂では森に入ったら二度と出てこられないのではなかったのか? 国に戻ることもないのに森から出た者はいないとは……。  ……これ以上考えるのはやめておこう。  居候させてもらっている家主の夫婦はとても仲が良く、この見ず知らずの余所者に対しても良くしてくれる。時折奥方の表情や妙な口ぶりが引っかかるのだが、きっと気のせいだろう。  ○○月○△日  この国の東の外れで古い看板を見つけた。 【此先~~様之祠】  誰の祠かは読めなかった。  国民に聞いてみるとこの看板はかなり昔から立っているらしい。興味本位で『此先』を示す森への一本道を辿ってみたが、もうずいぶん長い間手入れしていないのだろう左右に広がる茂みが道に侵入していて歩きづらかった。  数分歩き続けると木々や茂みが捌けた。相変わらず日が差し込みにくい森だが、その場所は木々が捌けているおかげで薄暗い程度だった。 その空間の中央にはたしかに祠のようなものが建てられてある。しかし誰かが焼いたのか屋根らしきものは無く、ただ上の方に黒く焦げた跡が残っていた。  なぜ、誰がこんなことをしたのだろう……。  誰のものかわからない祠に手を合わせ、来た道を戻ろうと祠に背を向けた時、祠のさらに後方から嫌な風が吹き抜けた。森に棲む誰かが不審がってでもいるのだろうか?  心配せずともあと数日でこの国を発つよ。  ○○月○□日  今日はこの国の中心にある大きな病院に行った。国に訪れる前、怪我を負った子を保護し病院に預けていたので様子を見に行ったのだが、もう会うことはできないらしい。まさか手遅れだったのか? いや、そこまで深い傷を負ってはいなかった。何か隠している。……そんな気がした。  それと居候させてもらっている家で掃除を手伝った。  二階で使われていない部屋を見つけたのでそこも掃除しようと思ったのだが、御主人に止められてしまった。 『いつ帰ってきても大丈夫なようにそのまま残しておきたいんだ』  そう言っていた。きっと深い事情でもあるのだろう。詳しくは聞かないでおいた。  明日この国を発つつもりだ。お世話になったこの方たちに何か恩返しがしたい。  ○○月╳○日  国を発ち、例の森の祠よりさらに奥地で野宿している。  さて、何から書こう……。  あぁそうだなあ……居候させてもらっていた家の掃除を手伝った時に見せてもらったアルバムから、そこに映っていた子らを模したぬいぐるみを差し上げたのだが……あまりいい考えではなかったかもしれない……。奥方は泣いて喜んでいたが……胸が苦しいな。  少しでもあの人の気が楽になればいいのだが……。  それと……病院での真実を知ってしまった。いいことではない。やめるように告げた。  預けていた子もその糧にされ姿を変えられてしまっていた。  会わせられなかったわけだ……。  この子を連れて国から出た。  使われていない部屋。アルバムに映っていた子。焼かれた祠……。  きっと、そうなんだろう……。

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