二人は女性の頼みを聞き入れ、お礼にとに宿場を教えてもらった。教えてもらった宿に向かって足を進めると、そこには少し脆くなった木造建ての、外見からは宿なのか住宅なのか区別がつかないほど小さく控えめな建物があった。 「……ノンちゃん……ここで合ってるの……?」  さすがにシキもここで正しいかと不安になりノンに再度確認するが、ノンはウェイターからもらった地図が描いてある小さな紙切れを見つめて頷いた。 「合ってるよ。ここみたい」 「……シャワーあるかな……」 「いざとなれば他を探そう。とにかくここが安くてベッドもちゃんと用意してあるって言ってた。ご飯は無いみたいだけど」 「……それは都合のいいことで……」  シキは苦笑した。  入ってみると中は綺麗に掃除されており雰囲気は明るく、また家具が最小限に抑えられているため床面積が多く、外から見るより広く感じられるものだった。それでも小さいことには変わりないが。 「あっ! 昼間の兄ちゃんと姉ちゃん」  声のした方に目を向けると、見覚えのある子供が二人いた。ノンとシキがこの国に入って最初に声をかけた主婦の子供だ。 「おやま、旅人さんたちじゃないか」 「ここ、おばさんの宿?」 「そうさ。あ、あんたら泊まってくかい?」  微笑みながら問われ、ノンとシキは顔を合わせて頷いた。 「お願いします」  宿には五つの空き部屋があり、主に家同様に使用していると教えてくれた。この国に訪れる旅人が少ないため、宿は少なくここはその内の一つらしい。しかも規模としては宿の中でも最も小さいようだ。  旅人が少ないせいで経営状況上稼ぎが少ないため、夫は別の職場で働いていたらしく、少なくとも一年は過ごせられるように金を預けて、今日職場の仲間と旅に出たということだ。 「ほら、こいつがうちの旦那さ」  主婦は家族四人が写っている写真を見せてくれた。ノンが写真を受け取り、シキにも見えるように手を下げ二人で覗く。なんてことない。仲睦まじやかな家族写真だ。四人の笑顔がそれを象徴している。ノンはその写真を、一目見るとあとは逸らすように遠い目をしながら眺めた。 「……」 「いい写真だねー。行っちゃって寂しくないの?」  写真を見終え、シキが主婦に顔を向けて聞いてみると、主婦は引きつらせたような笑みを顔に出す。 「う~ん……正直言うと、ちょっと寂しいかな。でも男なら旅をするものだって決意を固くしてさ。それを無理にここに残ってくれなんて言えやしないよ。私たちにできるのは、旦那の意思を尊重して見送る。それでいいのさ」 「……。はやく……戻るといいですね」 「ああ、そうだね」  ノンの言葉に主婦は少しだけ悲しそうに笑って返した。  本当は行ってほしくなかったのだと心から思っていたことが表情から読み取れる。その顔を見て、ノンはまた少し帽子の鍔を下げた。  次の日、国王の遣いという者が朝早くから宿に訪れた。久しぶりの旅人とぜひとも挨拶をしたいとの王からの言伝だった。二人は特に行く所も決まっておらず、国王が相手となればそれこそ断ることもできず遣いについていくことにした。  二人は用意された馬車に乗り、揺られながら国王が待つ王宮へと向かう。 「旅人なんて何年ぶりでしょう。昨日は挨拶ができず大変失礼いたしました。審査官から連絡は入っていたのですが、何分丁度行事の最中でして……」 「存じてます。かまいません」  対面する遣いは久々という来客を歓迎しているのだろう顔を綻ばせている。対して、ノンの隣に座っているシキはというと顔を渋めていた。 「……おなかすいた……」  朝食も前に呼び出されたため、二人ともまだ朝食を摂っていなかったのだ。 「……あの。朝食は用意してもらえますよね」 「ええ、ええ、もちろんですとも。会食を兼ねて挨拶や話をしたいという意向ですから」 「安心しました」  王宮に着くと二人は広々とした食堂に招かれた。天井には立派なシャンデリア。部屋の壁際には等間隔に置かれた銅像や台座に置かれた花瓶。外を軽く展望できる高さのある窓。部屋の中央には白いテーブルクロスの掛かった十メートルほどの長さをしたテーブルがあり、向かいにはすでに遠目から国王らしき人物が座り待ち構えている。手前には二つの席と料理が用意されておりノンとシキのために用意されたものなのだろうが、場違いと思えるほどの豪華さに気圧され二人とも着席などできなかった。会食というのにこんなに相手と離れていては声が届くとも思えない。 『旅人さん、どうぞ席に』  そう声が聞こえたのはテーブルに置かれた小型の機械からだった。スピーカーとマイクが搭載されているようで、正面を向き目を凝らしてみると国王側にも一機置いてある。 『我が国にようこそ。朝からおいでいただき誠にありがとうございます。朝食もまだお召しになられていないでしょう? ささ、どうぞ好きなだけお食べください』  ノンとシキは互いに顔を見合わせ、声に従って食事をいただくことにした。 『ときに旅人さん、この国はどうでしょう』 「どう、とは……」  ノンもマイクスピーカー越しに返事をする。スイッチは見当たらないため操作は不要のはずだ。数秒後には国王の声が機械から通って返された。 『近年我が国では旅人さんが少ないのです。もしやこの国に訪れた方が不満を持っているのかもしれないと常日頃から思っておりまして……』 「……さあ、どうでしょう。自分が疎いだけかもしれませんが、そういう話は聞いていません。国内も……まだ長く滞在していませんが、悪いところはこれといってありません」 『まことですか! それはよかった』 「料理も美味しいです! ありがとうございます!」  シキはご飯を頬張りながら横から入って称賛する。言うだけ言うとまたすぐ食事に戻ってしまった。 『お嬢さんにも満足していただいて私も嬉しい限りです。では逆に聞きたいことなどはありましょうか? 外国との価値観が違うこともあるでしょう』  パクパクと朝食を食べ続けるシキはとても対談できる様子ではない。この場では必然とノンが答えるしかなかった。  用意された料理には手をつけず、グラスに注がれた水を三口ほど飲んでからノンは考えた。 「気になること……。昨日の行事とかですかね」 『「旅に送り出す会」ですか。旅人さん方の母国や訪れた国にこういう制度はなかったということでしょうか?』 「そうですね」 『なるほど……。この国でも、この行事ができたのは比較的最近のことなんです。五十年ほど前からでしょうか。それより前はこういうものがなく、国民も自由に旅に出るなり外に出るなりしていたんです』 「それは……。じゃあなぜ、今……」 『怖いのです。未知の外が』 「怖い?」 『昔、この国でひどい感染病が流行ったことがあります。その病原菌がまさに外から持ち込まれたものでした。その被害はあまりに大きく死者も何人出たことか……。以来、国民のためにも外に出る日を定めるようにしたのです。一人の感染の余地も見逃さない徹底した人口管理。外出の際の厳重な手続きと注意。再入国時も同様に厳重な手続きと健康診断、くわえて国内にいる全国民の体調確認、必要であれば一時的隔離等の人口調整。ありとあらゆる手を尽くすことで対策をしています』 「……旅人の訪問は定めていないんですか」 『過去の悲劇を救ったのは通りすがりの旅人でした。未知のものに為す術なかった国民たちに旅人さんが治療法を授けてくださり危機を脱したのです。だから私どもは旅人を歓迎しております。経験豊富な旅人さんなら入国時の審査さえ通過できればなんら問題ありません。恐れているのは目に見えない未知の危険要素なのです』  ノンは入国時の審査を思い返した。審査では、過去かかった病気、住んでいた地域、ここまで来た経路や食べた物、やけに細かく問われ書類を書かされた。まるで旅人の入国を拒んでいるかのように。 「……たしかに、外は危ないですからね……」  ノンはマイクを一度見つめ、そう返した。  会食を終えた二人はそのまま国内を散策することにした。旅人というものが久しぶりなためか、会う人会う人から熱い視線を受ける。外という隔たれた世界からやってきた存在だ。国民にとっては物珍しさがあるのだろう。昨日会った喫茶店の店員のように興味を持たれたり。または英雄のように崇められたり。または小さな子供から憧れを持たれ将来の目標にされたり。中には、次の『旅に送り出す会』に出るためアドバイスを享受しようとする者もいた。  ノンはそんな人々に対して一言だけ送った。 「国内の方がよっぽど安全ですよ」

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