少女はようやく落ち着くと、一呼吸置いてノンとシキに体を向ける。 「ゴホンッ! お見苦しいところを見せてしまったね。改めて、助けていただいてありがとう。ボクの名前はフウ。キミたちは?」  髪と同じ綺麗な金色の目をしたフウと名乗る少女。幼さが残る童顔で、歳はノンより低そうだが、確実にシキよりはありそうだ。白いノースリーブのワンピースを着ており、小さめのショルダーバッグを肩に、同じく小さめの水晶の珠を首に下げていた。 「……自分はノンです。渡井わたらいノン。こっちは妹のシキ」 「こ、こんにちは」  ノンが軽く自己紹介し、シキはフウを警戒しているのかノンにしがみついたまま頭を下げた。 「第一印象が悪かったなーあはは。怖がらなくていいよ、よろしくね」  フウはそう言って微笑みながら、体を屈めてシキの頭を撫でた。少し警戒が緩んだのかシキもにっこりと笑う。  対して、警戒が強まるのはノンの方だった。滝から落ちたとは思えないほど、彼女は平然としている。痛がりもせずに、ピンピンとしている。ただ単に運が良かっただけなのか、よほど丈夫な体の持ち主なのか。後者で考えるなら、この見た目から言葉も出なかった。 「えと、助けてくれたのはノン君かな?」 「……ええ、まあ……」  悶々と考えていたところで声をかけられハッとする。頭の中で巡る疑問を振り払い、ノンは表情も変えず心も込めずに肯定する。  フウはそうかと確認したところで、お礼のつもりかハグをしようとノンに向かって両手を広げ歩み寄った。 「どうもありがとぉー」 「!」  バシンッ。予想外の行動に思わずノンは体を横にずらして避け、フウの腕を薙ぎ払って倒してしまった。 「えぇ……なんでぇ……?」  フウにとってはただの感謝の印のつもりだったらしいが、初対面の相手から抱きつかれるなど、される側にとっては不快にすぎない。怪しさすら感じる。ましてや、滝から落ちて平然としている、見た目はごく普通の女の子からなのだ。相手の異質さは本能的に拒まざるをえなかった。  そんなこともわからないのか、それほどスキンシップが好きなフレンドリーな性格なのか、地面にうつ伏せにされたフウは涙を流していた。  一応ノンは悪かったと自覚しているようで、すぐさましゃがんでフウに手を差し出す。 「すみません、反射でつい……」 「は、反射的に!?」 「……すみません」 「あ、はは……いいよいいよ。うん、まあびっくりしたけど、ボクもちょっと軽率だったかなー。ごめんねー」  ノンの手を取りながらフウは立ち上がり、自分の行動に苦笑しつつノンのことを咎めはしなかった。パッパッとスカートの裾の砂を払うと、フウは再度話を切り出し始める。 「ところで二人はどうしてこんな森に? 家が近くにあってお散歩中?」 「……旅です。シキと二人旅をしています」 「フウさんは?」 「ボクも旅だよ。一人旅。あとちゃん付けでいいよ。シキちゃん」 「じゃあフウちゃん……で」 「うん!」  この敬称で呼ばれることがよほど好きなのか、フウは満面の笑みを返す。  態度からも様子からもフウはごく普通の女の子だ。ノンはフウに抱いた疑念を振り払い、無事だったのは運がよかっただけなのだろうと信じることにした。そう信じたいのだ。 「フウちゃんはなんで滝から落ちてきたの?」 「あはは……そうだなぁ、強いていえば風に誘われたからかな」 「風?」 「そう、風。一人旅ではあるけど、ボクは風と共に旅をしてるんだ」  意味がわからずあっけらかんとする二人に対して、当人は冗談を言っているつもりもないようで、目を瞑り両手を左右に伸ばす。  すると、木の葉を揺らすような緩いそよ風が、フウの体を包み込むように現れた。目には見えないが、そう錯覚した。 「風はいつでもボクを見守ってくれる。もちろん、シキちゃんや、ノン君にも。ノン君とシキちゃんが一緒にいるように、ボクにとっては風がいつも一緒。楽しいときも、ボクと一緒に笑ってくれる。悲しいときも、やさしく包んで励ましてくれる」  吹く風を体全体で受け止め、たなびく髪や揺れる服の裾を見ていると、なぜだか彼女は見えもしない風と戯れているように見えた。 「ボクは──そんな風が大好きなんだ!」  それはきっと、錯覚などではないのだろう。実際には見えないが、感じてしまったのだ。本能が。目前の存在が語っているのだ。  ノンは再び警戒の糸を強く張る。 「…………」  普通の女の子、と信じたかったのはただの現実逃避だ。  異質な存在は畏怖の象徴。本能の呼びかけに、ノンは堪らずじっとフウを見つめた。その物言いな視線に気づき、フウは首を傾げ顔を向ける。 「どうかした?」  平然を装うには、あまりにも相手が悪すぎた。 「……あなたは何者ですか?」  突拍子もない質問にすぐ答えられるわけもなく、フウはパチクリとまばたきをする。  やっと口を開いて出した第一声は、 「……へ……?」  なんとも間抜けな一言。それは唖然か呆れか、それとも── 「人間ではありませんね?」  図星か。

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