「──はあっ!?」
ヒヨコちゃんは驚愕と呆れが入り混じったような顔をして叫びました。
「オレから金をとるってか!」
「助けてあげるんですから……当然でしょう?」
ノンちゃん……抜け目ない……。
「おい兄ちゃん何言ってんだよ! そりゃ泥棒だぞ?」
「……」
おじさんに言われてノンちゃんは少し考えるように黙りました。
「ええ、そうですね。ですがあなたにはちゃんと見物料としてお代を払ったので」
「それとこれとは別だろ!?」
「はい。知ってます」
「だったら……」
「ですがどうせ正攻法で言っても無駄なことも知ってます。それなら悪事でも働かせてもらいます。この人……ヒヨコ次第ですけど」
たしかにノンちゃんに助けてほしいとは言ったけど、ノンちゃんに泥棒までしてほしくない。それもおじさんの前で堂々と……。
「ノンちゃ、」
「助けてくれとは言ったが金を払う筋合いはねえぞ! 助けてくれるんなら買収でも泥棒でもなんでもいいけど、なんでオレがお前に金を払わなくちゃいけないんだ!」
「お礼としてです」
「正論だなぁおい! ここは同族の好で無料にしろや!」
「断ります」
「なんでだよ!!」
ヒヨコちゃんが大声でノンちゃんに反論してきます。ノンちゃんも冷静に言い返しますが、このやり取りが逆に目立って人を寄せつけていました。二人が喋れば喋るほど、珍しいものを見るかのように人が次第に集まってきます。
「そもそも今のオレに金があるとでも?」
「……無さそうですね」
「だったら、」
「助けるのやめましょうか」
「違うだろ!」
「こっちも慈善事業なんてやっていませんから。それなりの報酬は頂かないと生きていけません」
「たしかにそうだな! オレもこの姿で生き抜くの苦労したわ!」
「現に今捕まってますしね」
「そうそう、だから助けろや!」
「いくら払ってくれますか?」
「アアアア――ッ!!!」
いい加減止めないと本当にヒヨコちゃんが見せ物になっちゃう……そう思ってノンちゃんの上着の裾を引っ張って止めようとしたのですが、ノンちゃんはヒヨコちゃんと話を続けたまま私の頭に手を置きました。まるで止めるな、とでも言っているように。
その後ノンちゃんはその手を離し、今度は腰に差してある笛を指さしました。どういうことなのかわかりませんでしたが、きっと何か考えがあるのだろうと思い黙っていることにしました。
「ねぇ、これって劇か何か?」
「いや、よくわかんないけど……あのヒヨコどうやって喋ってんだ?」
「腹話術か何かじゃない? よくできてるわ~」
あれ……?
「なんでも捕まったヒヨコを助けるってお芝居らしいぜ。助ける主人公がまた面白くってさ、助ける代わりにお金を払えっていうんだよ」
「なにそれ~」
「タダで助けてあげればいいのにー」
集まって来た人たちの話し声に耳を傾けてみると、どうやら勘違いをしているみたいです。
「腹話術だとしたら誰が声を出してるんだ?」
「あの主人公じゃない?」
「一人二役かよ! すげぇ兄ちゃんだな」
二人の会話をお芝居だと思い込んだ人はどんどん増えていき、一人立ちした噂もまた広まっていきました。でも劇と思い込んでいてくれた方が好都合なのでしょうか。
いつの間にか大勢の観客に囲まれてしまいましたが、それでもノンちゃんとヒヨコちゃんは口論し続けていました。ヒヨコちゃんを見せ物にしようとしていたおじさんはこの状態についていけずにただぽかんと口を開けています。
「いったい何の騒ぎだ!」
突然大きな声が降ってきたと思うと誰かがお客さんを割って入ってきました。現れたのは高い円柱状の帽子をかぶり紺色の制服をきちっと着た人でした。
「違反商売取締隊だ! これはちゃんと正式に許可を得た商売か? 通報により別の商売がされているとの連絡があったぞ」
警察かと思いきや何やら少し違うようです。違反商売取締隊と名乗った人はノンちゃんとヒヨコちゃん、そしておじさんを見て、その次にテーブルに掛かっていた看板を見ました。その看板はノンちゃんにも渡されたのと同じもので、商売内容が書いてあります。『喋るヒヨコ』と。
「本当にそのヒヨコは喋るのか? さっきから腹話術だの劇だの聞こえたが」
「ほ、本当ですよ! ほら聴いてください!」
おじさんが慌てながらヒヨコちゃんの横に手を広げ、取締隊の人は顔をヒヨコちゃんに近づけてまじまじと見ました。
「動物が喋るワケねえだろ」
ヒヨコちゃんははっきりとそう言います。そしてノンちゃんもそれに合わせて口パクをしていました。まるでノンちゃんが実際は声を出しているかのように。
そんなノンちゃんも横目で見ていた取締隊の人は、今度はノンちゃんに詰め寄ります。
「君が本当は声を出していたんじゃないのか?」
「さあ。どうでしょうね」
「本当のことを言わないと、この商売の関係者全員この国から追放するぞ! この国は商売目的でやってくる人が多い。そんな人たちのために商売内容を明確にした看板を付けることを義務付けられているが、なぜかわかるか? どの商人にも平等に商売をする権利を与えると同時、たとえどんな利益損益が出てもその商売を行った者が招いた結果という事実を示すためだ。それなのにその看板に書かれている名目と違うことをするというのは詐欺であり他の商人へ損益を与えるものだ! 違反商売取締隊はそんな違反商人を取り締まるためにいる。場合によっては追放、そして永遠にこの国への立ち入りを禁止する」
「それでは本当のことを言います。そのヒヨコは自分のペットです。外ではぐれたのですが、いつの間にか捕まっていたらしいです」
違います。最後しか合っていません。
「う、嘘だ! さっき仲間じゃないとか話してただろ!」
「本当のことを言ってもどうせ手放さなかったでしょう?」
「うっ、そ、それは……」
「ふむ……。それでは君のペットということを示す証拠は?」
「人に慣れているペットなので縛りつける紐は必要ありません。紐を解けばわかりますよ」
なんてノンちゃんが言うから取締隊の人はおじさんが止める声も聞かずヒヨコちゃんを縛る紐を解きます。一緒に括りつけてあったのかヒヨコちゃんの背中からは小さな串が落ち、解放されたヒヨコちゃんはほっと一息ついてから立ち上がって落ちた串を拾いました。
「あんがとよ」
ヒヨコちゃんはそう言ってノンちゃんに向けてにっと笑うと、テーブルからぴょんと飛び下りて逃げて行ってしまいました。それを見ていたその場の人たちは呆然としてしまい、行った先を見てしばらく固まり動けませんでした。
ヒヨコちゃんの姿が見えなくなると、取締隊の人とおじさんがゆっくりゆっくりと顔をノンちゃんに向けてきます。そして同時に二人ともノンちゃんの首に掴みかかるくらいの勢いで恐い形相をしながら詰め寄りました。
「どういうことだ君! 逃げたじゃないか!」
「俺はどうやって稼げばいいんだ!」
ノンちゃんは、
「すみません。ヒヨコ違いだったようです」
特に焦る様子も反省する気もなくそう返しました。
「それで済まされるか!」「それで済むか!」