一定の距離を保ちながら旅人の後ろを歩くリュウ。まるで金魚の糞のようで旅人はなんとも歩きづらそうに顔を渋くする。 「……あのさ、歩くの別に隣でもいいんだけど」 「そ、それはダメです! リュウくんが近づいたら悪いことが起きる……ので……」 「は? 何言っ……いでっ」  口籠もるリュウに旅人は聞き返そうとしたが、途端頭上から何かが落ちてきた。旅人の頭に当たったそれは地に落ちカランと音を立てる。拾うとそれは五センチほどのボルトだった。 「なんでこんな……」 「あっ、危な──」  ガシャァンッ。  リュウが危険を促すよりも早く、ボルトが外れた影響で監視カメラが旅人の頭に落ちてきた。悲鳴を上げることなく旅人は意気消沈。 「あ、あ、あの……大丈夫、ですか……?」  と呼びかけるリュウだがなぜか先ほどより遠ざかっている。 「……大丈夫……だけど……。ここの警備緩すぎなんじゃねぇか!? こんな物落ちてきて危ねえな! 出たら文句言ってやる……」  怒りを露わにする旅人だったが、進めど進めど悪いことが続いた。上からカメラだけでなく鉄筋が落ちてきたり、足を滑らせ鏡に体を突っ込んでしまったり、不運な現象が起こるたびリュウとの距離が広がっていく。 「……おーい、なんでそんな離れ──」  言い終える前にまた、ガン、と落ちてくる天井の照明。  旅人はリュウの言っていた『近づいたら悪いことが起きる』という言葉が頭によぎった。根拠のない非科学的な発言だと流していたが、続く負の連鎖にもしかしたらと考え直す。 「リュウくん……近づくものみんな不幸にしてしまうんです……。前もそのせいで大切な人を大怪我させてしまいました……」  しゅんと顔を下げて今にも泣き出しそうな表情をするリュウ。物憂げな眼と『大切な人を映す鏡の部屋』で会った時の姿を思い出し、旅人はおおよその事情を察し頭を搔いた。 「それで、住んでた国から逃げ出したのか」  リュウはその言葉にばっと顔を上げて汗を垂らす。真剣な表情で一歩ずつ近づいてくる旅人に思わず足を後ろに下げる。 「逃げんな!」 「──っ」  空気を振動させるピリリと張った声にリュウは肩を震わせ足を止めた。  リュウが逃げないように威圧をかけながら旅人は歩み、リュウの目の前で立ち止まってじっと睨む。潤んだ瞳にはフードを被った自分の姿が映っていた。  すぅっと目を閉じ息を吸うと、 「もう逃げなくていい。リュウのせいじゃない」  旅人から威圧が消え、やさしい声をかけながらそっとリュウの頭を撫でた。 「さっきの部屋では悪かったな。リュウの気持ちも知らずに怒鳴ったり手を出したりしてさ」  大切な人とやらも自分と同じ目に遭っていたのだろう。数分行動を共にしていただけなのに幾つもの災難を身に受けた。大切と言うからには自分より多くの時間を共にしていた相手に違いない。会ったばかりの旅人に対しても過剰に心配をするのだから、大切な人に対しては計り知れない想いがあったはずだ。  思いもよらなかった言動にリュウは目を大きく開いたが、緊張の糸が解けて顔が緩み微笑みながら涙を流す。 「謝るときはフードを取るものですよー」 「はっ、そのとおりだな」  鏡館に入る前自分が言った台詞を返され、旅人はニッと笑いながらフードを外した。  その時、  ──バリィイン  横の鏡が割れ、破片が飛び散った。 「うぉーあっぶな。さっさと出ようぜこんなとこ」 「……小鳥、さん……」 「は?」  リュウの目線を辿ると落ちた鏡の破片があり、それに映し出された旅人の姿はヒヨコになっていた。 「……同じ眼……」  リュウは目を丸くし、旅人の眼を見つめる。旅人はそれに対してふっと笑い、 「──オレも昔あの国から逃げ出した」  それだけ言うと踵を返して歩き出した。 「さっきの割れた鏡が本当の自分を映す鏡なのではー?」 「あんなモン違う違う。ここの鏡にオレの姿を映させてたまるか」 「映さないと鏡じゃないですよー」 「そう、鏡じゃない……おー、あったあった」  二人歩いて着いたのは、鏡に見せかけ綺麗に磨かれただけのガラス張りの壁。 「これだけ鏡じゃないなんて変ですね-」 「そ。本当の自分の姿なんて自分でもわからないもんだ。鏡に映るのは、本当は見せかけの自分かもしれない。だからまずは鏡なしで自分自身を見つめ直せってこった」  そう言いながらガラスを押すと、キィと音を立ててその壁が開いた。 「じいさんの話が役に立つとはな。なぁるほど」  鏡の歴史についての部屋で会った老人の話がヒントになっていたことに皮肉を感じる旅人だったが、後ろで感心して手を叩くリュウを見たらどうでもよくなった。 「すごいですねー小鳥さん」 「まーあな。──ん? 〝小鳥〟? あーそういえば名前まだ言ってなかったな。オレは」 「ゴールおめでとうございます!」  旅人が自分の名を名乗ろうとすると、パンッパンッというクラッカー音と拍手を送る祝福の言葉に遮られた。 「な、なんだ……!?」  ガラス戸は鏡館の受付場の横に繋がっており、受付でパンフレットを渡した女性が旅人の頭にガラス製の小さな冠を被せた。 「初めてですよこの迷路を抜けたお客様は。小さいのにすごいですね!」 「小さい言うんじゃねぇ! って、初めて!?」 「はい初めてです! 記念に写真はいかが?」  女性は受付のカウンターからカメラを取り出しにっこりと笑う。 「い、いや……オレそういうのはいいよ……」 「せっかくなので撮りましょう! いい思い出になりますよー!」 「えぇー……」  リュウにもせがまれ半ば強制的に写真を撮らされた。女性の厚意でリュウも一緒に入り、写真には苦笑いする旅人と楽しげに明るく笑うリュウが映っていた。 「そういや迷路を出たのは初めてだって言ったよな。今まで来た人はどうしてたんだ?」 「パンフレットを見ませんでした? 出口がわからないときはカメラに向けてギブアップと叫ぶんですよ」 「なにっ!」  それを聞いた旅人は慌ててパンフレットを取り出し凝視する。『鏡の大迷宮』の欄の下に小さな丸印で女性が言った内容が書かれてあった。 「盲点だった……」  二人は鏡館から出、リュウはもらった写真を嬉しそうに眺めている。旅人はその様子に相好を崩した。 「ま、少しは楽しめた……かな」 「小鳥さんありがとうございます!」 「だから小鳥じゃ……まあいいか。気にすんなオレもそれなりに迷路楽しめたしな」 「迷路だけじゃありませんよ。その前の部屋で言ってくれたこと、リュウくんたしかに現実逃避していました。あの子はここにいないのに……。おかげで目が覚めました。小鳥さんがいなかったらリュウくんあのままずっと鏡と話してましたよ」  にっこりと笑うリュウの顔は、旅人には眩しくて思わず顔を渋めながら目を逸らした。 「言い方はかなりきつかったけどなー」  自覚はあったようで、表情を悟られないよう目を逸らしたまま頭を掻くが、リュウは照れ隠しかと微笑んだ。 「……大切な人がいるってこと自体はいいことだと思うよ。姿だけでも見れてよかったな」 「はい! 小鳥さんも見れてよかったですね」 「…………」  リュウは旅人も大切な人を見たと思って無邪気に言うのだが、旅人は急に立ち止まった。 「……小鳥さん?」 「……映ってなかったよ」 「え……」  小さく呟くと旅人はまた歩き出した。その神妙な雰囲気に聞いてはいけない空気を感じ取り、リュウはきゅっと口を閉ざす。 「あー……さて、と。お前はどうする?」 「?」 「これからだよこれから。オレは面白いコト探して旅してるんだ。お前は?」  重くなってしまった空気を変えようと旅人は話題を切り替えた。 「リュウくん……自分が近づくとみんな不幸になってしまうので……その……リュウくんが近づいても幸せになれる方法を探して旅をしています」 「ざっくりした目標だな」 「……はい」  叶わないとでも言いたげな口ぶりにリュウは自信なく返事をした。 「んなしょぼくれんな。オレでよけりゃ一緒に旅してやるよ」 「えっ……、あ……えっ!」 「だーかーら、一緒に旅するって言ってんの」 「ででででも、リュウくんと一緒にいると不幸になりますよ! 迷路でもたくさん……」 「あーあーうるさいうるさい。不幸上等! さっきの聞いてなかったのか? オレは面白いコト探してるんだ。リュウといればたくさん面白いコト起きそうな気がする。オレの予感がそう言ってる!」 「たくさんケガもすると思いますよ……?」 「うるっせぇ! 不幸どうこうは今関係ないんだよ。オレはお前の気持ちが知りたいんだ。本当のお前はどこにいる! ここの摩訶不思議な鏡でも持ってきて映し出してやろうか!」  不幸を言い訳に卑屈な考えばかりしてはうじうじとするリュウに旅人は腹を立てビシッと指を差す。 「え、えーとえーと……ふ、ふつつか者ですがよろしくお願いします!」  早く言わねばという焦りもあったのか、少ししてから決意しリュウは大声で求婚もとい旅の同行を受け入れるが、返された言葉に旅人は顔を赤くした。 「──ち、違ああぁぁう!!」

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