「ちっさ! オレが言うのもなんだけどちっさ!!」
三十分と満たずに村を一周してしまった。
「やることなくなってつまんねー……──とも、言いがたいか?」
旅人はそう呟くと、顔だけ後ろを向ける。そこにあるのは木製の樽。家の陰にひっそりと佇むごく一般な樽だが、旅人はその樽から目を離さなかった。
「おい、とっくに気づいてんぞ」
旅人が声量を上げてその樽に向けて言う。すると、
『ふっふっふ、よく見破ったな外人よ!』
『褒めてつかわそうぞ外人よ!』
『しかし私たちに見つかったが最後、生きては帰さないぞ外人!』
なんて声が聞こえてき、バッと樽の後ろから影が三つ飛び出した。手に銃が握られているのを旅人の目がしっかりと捉える。
旅人はキリッと目を鋭くさせると、マントを翻して体を樽の方に向け、
──ペシ、ペシ、ペシ
「「「いったぁぁあああ!」」」
持っていた竹串の肉厚の広い部分で、出てきた三つの影──三人の子供の頭を叩いた。三人とも旅人より一回りほど歳が低く見える。
「うぐぐ……やるな外人……っ!」
「何が外人だ」
橙色に近い茶髪をした少女が頭を押さえながら涙目で言ったが、無慈悲にも旅人はためらうことなくまたベシッと頭を叩いた。
「隊長!」「隊長!」
リーダー的存在はこの少女のようで、あとの二人は黒い髪のストレートの少年と、寝グセのような少しハねたクセのある茶色の髪をした少年。身長は少女の方が低いが、少年らの方が隊員らしい。
「隊長に何をするんだ外人め!」
「隊長の背がまた縮むじゃないか外人!」
「身長のことを言うんじゃない隊員Aよ!」
「スミマセン隊長!!」
隊員Aとかかわいそすぎるだろ、と内心呟きながら旅人は苦く笑う。
「そんで、隊長さん? なんでオレを狙ったんだ」
「そりゃ外人だからだよ。この村を守らなきゃ!」
「あーあー、よくある防衛ごっこみたいなね。うんうんわかるよー。オレもかなりかなりかなーりずいぶん前にやったからな」
「なんだよそれ! ぼくたちが子供だって言いたいのかよ!」
「ガキだろ」
「ガキじゃない! 立派な隊員だ! そしてこの方こそ村を守る隊長なのさ!」
「そりゃあ、すごい。拍手をおくってやるよ」
目を横に逸らし、明らかに小馬鹿にした気だるい拍手。感心の意はまるで見えない。その態度に子供たちはさらに憤慨する。
「バカにするな! ほら見ろ! 銃だって持ってる!」
「ただの水鉄砲じゃねえか」
旅人は少女が上にかざした銃を取り上げ、自身の手のひらに銃口を向けて引金を引いた。すると、ピロピロピロ、というなんとも覇気も威力もない水が案の定その銃口から吐き出される。
「返せよー外人ー!」
「はいはい、ちゃんと返すよ。つーか外人外人うるせえ」
「外から来たんだから外人じゃないか!」
「さいですかー」
銃を少女に返した後、旅人は軽くあしらいながらな耳をほじくった。
「お前ムカつく! 名を名乗れ!」
「お前らに名乗る名は無え」
「ああ言えばこう言う!」
「隊長。やっぱりここは旅人といえど、いったん思い知らせてやりましょう」
「そうだそうだ。思い知らせ」
「お前が言うな旅人……じゃなくて外人!」
「言い直すなよ」
旅人があまりに平然といるものだから、この子たちからしたら面白くない。旅人をつけていたら簡単に見つかり、襲いかかるも逆にやられてしまい、武器は取られて舐められる。しかし反撃の手立てがあるわけもなく、少女はうぐぐぐと唸りながらなんとも悔しげに見上げた。
旅人はその様子を一瞥してふう、と一息吐き出した。
「……。仕方ねえな。防衛ごっこのプロとして、オレがお前たちを指導してやるよ」
「だ、だれが外人なんかに! それに、なんでそんなことを──」
さっきまで馬鹿にしていたくせに、今度は指導してやるなんてあまりに虫が良すぎる話。こちらの立場もなく少女は反対するが、旅人はその反対を制すように人差し指を少女の額にツンと当てた。
「オレはな、面白いコトが好きなんだ。お前らと遊んでると面白そうな気がする。だから付き合ってやる。どうする? やるか、やらないか」
指を額から離し、旅人は悪戯に笑う。
少女は不服そうな顔をしたまま旅人を睨み、そのあと隊員と称す少年二人を呼び旅人に背を向けて円陣を組んだ。相談しながらも時折ちらちらと旅人の方へ訝しげに睨みを利かせるが、旅人はにやにやとした笑みを崩さない。
数分経つと結論が出たようで円陣を崩し、隊長である少女が旅人へと歩み寄る。
「いいよ。遊んであげる」
「っしゃ! そうこなくっちゃな!」
面白いことが好きな旅人は意気揚々とするが、少女はいまだむすっとした表情だった。少年二人は意外と乗り気なようで旅人と同じくわくわくとしている。
「ちょっとぉいい? 私たちが遊んであげるだけなんだから。かわいそぉ〜な外人に、仕方なく相手してあげるだけなんだからね!」
「わぁったわぁった。──じゃあまず始めに。ターゲットのあとをつけるなら自分たちの気配を消さなきゃ。それから武器はなるべく隠しとけ」
あくまで妥協なのだと少女は念を押したが、旅人はかまわず楽しげに指導し始める。少年二人はうんうんと相槌を加えながら話に聞き入り、少女はやはり面白くないようで顔を膨らませる。しかし乗り気でないにしろ、外からやってきた珍しい旅人のことが気になってはいるようで、少女も耳は旅人へと向けていた。
「と、まあこんなとこかな。実践してみたいが、やり方がわかってるオレがターゲットになっても意味ないし……また誰か旅人が訪れたときにでも試してみな」
「ハイ先生!」
子供とすっかり打ち解けて、旅人は〝先生〟と呼び慕われるようになってしまった。
「先生って呼ばれるほどじゃねぇよ」
旅人もまんざらではないようで、にっと笑って頭の後ろで腕を組んだ。
「あっそろそろぼく帰らなきゃ」
「あ、ぼくも。お母さんが待ってる」
ふと空を見上げれば、太陽が真上から一際眩しく射していることに気づいて少年が切り出す。もうそろそろお昼時だ。
「そうか、じゃあ気をつけて帰れよ」
「うん、ありがとう先生。じゃあな、ミナモ」
茶髪の少年が少女に向けて手を振って言う。
「誰がミナモだ! 間違えんな!」
「先生バイバイ! ミカンもまたな!」
「誰がミカンだーッ!」
黒髪の少年もそうからかうように言って去っていった。この様子から、普段からこの少女が〝リーダー〟というわけでもなさそうだ。
「二つも名前あんのか?」
「違う! あいつらわざと私の名前を間違えるの!」
「だと思った」
「まったくもう……面白がってさあ……!」
旅人は笑うが、少女は面白くないようで、またむすっとした表情を見せる。
「じゃあ、お前本当はなんて言うんだ?」
「……どうせあいつらみたいにからかうから言わない」
「なんで? からかわねえから教えろよー」
「……本当にからかわない?」
「おう」
「本当に本当?」
「ああ」
「約束できる?」
「いいぜ」
そんなに名前をいじられるのが嫌なのか、少女は固く念を押した。
そこまで頑固なのは、その名前自体を嫌っているのか、もしくはその名前が好きだからいじられたくないと頑なになっているのかのどちらかだろう。
「はあ。いいよ。教えてあげる。私は、ミ──」
「ミーちゃーん! ご飯よー」
少女の後ろから声がし、旅人は目線を上げてその方向に目を向け、少女は顔を後ろに向けた。
「──おかあさん」
〝ミーちゃん〟と呼ばれたその子は、母親に向けて笑顔で手を振った。