翌日。日が昇り、冷えた大地が熱を帯び始める頃。それは突然に起きた。  ドォオオオン──!  けたたましい爆音が国の方角から響き渡ったのだ。本来ならVの字に整列して空を裂く鳥の群れが、その音に共鳴するように鳴き声を上げながら点々と散らばり空を覆って逃げている。 「…………」 「んぁ……」  爆音は岩陰で身を潜めていた二人にも影響をもたらし睡眠の妨害をした。無理矢理起こされた旅人は空を見上げ、国とは反対の方角へと逃げていく鳥を見送り、熟睡していた子供は間抜けな声を漏らしながら、遅れてようやくお目覚めのようだ。  鳥が肉眼で見えないところまで飛んでいくと、旅人は首を傾げ立ち上がる。向ける視線の先は、もちろん国だった。 「……いったい、何の音だったんだ……」 「練習だよ、練習。ふぁぁあ……」 「練習?」  欠伸をしながらのろのろと立ち上がる子供の言葉を復唱すると、また国からドォオオンという爆音が鳴り響く。 「この音でしょ?」  二人は国に戻り、建国者である老人の屋敷へと向かう。──が、肝心の目的地にたどり着くことはできず、屋敷の手前の広場で数十人の人集りができていた。屋敷まで進むには骨が折れるだろう。人の密集のせいで前方が見えない。しかし老人の無理して張り上げるような声はかろうじて二人の耳にも届いた。 「いいですぞぉ! この調子で、さあ、もう一本──!」  その声を合図にまたあの爆音が鳴り響く。そして周りの人たちはその爆音に続いて「おぉおおおおお!」と各々歓声を上げていた。  この様子を見てもいったい何を行なっているのか皆目見当がつかず、旅人の頭には疑問符が浮かぶばかりだ。そんな時。前方を向いて歓声を上げる人々の中で、唯一何もしない人物が目についたのか国民が旅人に声をかける。 「あれ、もしかして噂の昨日いらっしゃった旅人さんですか?」  刹那。旅人は顔を渋めた。どうにも慣れない悪寒がする。 「やっぱりそうだ! 旅人さんだ! 噂どおりこの国にぴったりなお方ですね」 「えっ、なになに? 何の騒ぎ?」 「うわぁ、旅人さんじゃないですか! あなたもここに来てくれると思ってました!」 「旅人さんだ! 旅人さんも来てくれた!」  一人に見つかったのが運の尽きだった。群衆の一部として紛れていたはずなのに、瞬く間に旅人の存在を知らされた。自分は何も言っていないのに、どうもこの格好は悪目立ちする。  この状況をどうすべきか考える猶予すらなく、とうとう、 「あー……オレは……」 「旅人殿! 昨日からどちらへ行かれたかと思えば……いやはやこっそり後ろに隠れているなんて、なんて謙虚な方だ。そんな気を遣わずに、ささ、どうぞ旅人殿もご登壇を!」  老人にも見つかってしまった。これは公開処刑か何かか、そんな錯覚に囚われる。旅人へと向けた声に従うように、国民たちは旅人が前に進めるように道を開け、笑顔で旅人を招いた。この上ない大歓迎だ。喜んでもいいだろう。それでも旅人には慣れないのだ。  はあ、なんでこうなるのか。小さくこぼしたため息なんて、誰も気づきはしなかっただろう。相変わらず気は進まないが、こんな大勢に期待の眼差しを向けられたら逃げるに逃げられない。仕方なしに旅人は前へ進んだ。子供はどうすべきかと考えていたようだが、その場に立ち尽くしても居心地が悪かったため旅人の後についていくことにした。 「旅人さんすごい人気だね」 「……いい迷惑だ」  前へ前へと進み壇まで着くと、ようやく壇の向こう側に屋敷の外壁が見えた。昨日訪れた時は無かったはずの壇。壇上では老人が昨日と同じようににっこりと笑みを浮かべて旅人が上がってくるのを待っている。壇の他に目立つものがあるとすれば、老人の脇に四メートルほどの長さをした巨大な大砲が置いてあることだった。口径は三八〇ミリで、砲手が砲弾を詰めている。大砲の口は空を向いており、朝から響いていた爆音の音源はこれだろう。昨日までは無かった目前の異様な光景は、今日が特別な日であるかを示すようだった。 「あー、これはいったい何の騒ぎで……?」  数段ある段差を上り、旅人は壇上に立ちながら問いかける。ふと下を見れば好奇の目をした人の波。一瞬くらりと目眩がして眉間を摘んだ。 「旅人殿は昨日参られたゆえ知らないのも無理はない。これはですな、今は憎き我々の旧母国を討ち負かすための予行練習なんじゃよ」 「は?」  あまりに突飛な解答に旅人の口から躊躇のない感嘆が漏れた。しかし老人は冗談を言っているつもりでもないようで表情を変えない。 「……。一応……詳しく、聞かせてもらおうか」 「この国に住む者たちはみな劣等を抱え、母国から逃げてこの劣等の無い国に来た。ここまでは大丈夫ですかの?」 「まあ……」 「そこでわしらは決めたんじゃ。旧国に我々の正しさを教え、いかに旧国民どもが醜く下劣であるかを知らしめてやろう。我が国に引き継いだ旧国の技術を取り入れみなで結束し、旧国民どもが見下しよった我らの偉大さを身をもって体感させてやろう! そのときこそ、ようやくやつらは己の未熟さ外道さに気づくはず。そして我が国こそ正しいと痛感するのじゃ。我が国こそ! 正義であり誇りである──!!」  高らかに宣言する声に辺りの熱気はさらに上昇し、群衆は同意と見られる声や口笛を鳴らす。昨日はからっ風が冷たく吹き付ける肌寒い日だったというのに、今日は朝からお熱い人々だ。勝手に盛り上がるのは自由だ。好きにすればいい。だが旅人はこの熱気についてこれず唖然とした。 「戦争でも起こすつもりか……?」 「はっはっは。ご冗談を!」 「はあ……。じゃあこのどでかい大砲で何を──」 「鎮圧じゃよ。鎮圧」 「…………」 「圧倒的武力を見せつけ抵抗さえさせてはやらぬ。わしらは争いがしたいわけではないからのう。ゆえに武力はこれだけじゃし、一回で旧母国を終わらせるのよ。そのため日々砲弾、砲台の設計を見直し、こうして定期的に威力や飛距離の確認を兼ねて練習をしているんじゃよ。──ご理解いただけたかな?」  物騒なことをにこやかに説明する老人。国民も同意の上だろう。でなければ、群衆だってさも当然とでも言いたげに微笑んでこちらを見上げてはいない。後ろについてきた子供はこのことを知っていたのだろうが、同意しているわけではないようだ。その証拠に、頭の後ろで腕を組んで、関心のない死んだような目でぼんやりと空を見上げている。まるで旅人に対して向けた時の目と同じだ。 「旅人殿もぜひ、憎き某の元自国に一泡吹かせるためと思ってひとつご協力いただけませんかな。旅人殿のいた国での技術、旅路で手にした技術、なんでもいい! 我が非力な国にお力添いを!」  老人がそう提案しながら「みなもそう思おう?」なんて聞いてやれば、途端に壇の下の群衆も老人の提案に便乗した。 「なんて素晴らしい考え!」 「大賛成!」 「旅人さんの意見もお聞かせを!」  そんな声と共に溢れんばかりの拍手喝采。好意と期待の雨を旅人は一身に受けた。これほどまでに温かな待遇を、旅人は受けたことがなかった。慣れない。 「……ふぅ」  しかし、  ズドン──。  なんとも納得いかない道理に対して意見を出せと言うのであれば、それに応えるのが筋だろう。 「──え? あ……な、なな、ななななななななな!」  大砲の口は、あろうことか斬り落とされていた。 「お祭り騒ぎもいいとこだな」  低い音を響かせ壇上に沈没した砲台の口と、綺麗な断面の切口を残した砲台本体を交互に見て老人の口は開いたまま塞がらない。いったい何が起きたのか、旅人の手には刀が一本握られていた。風で捲れるマントの下から、両腰にぶら下がった二本の刀の鞘が見え隠れしている。次の砲弾を撃つ準備をし構えていた砲手は、旅人のゴーグルの下に覗いた目と合ってしまい悲鳴を上げながら逃げ出した。

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