「占いのせいで国が滅んだ……?」 「私の代は特に視通す力が強く、占いの結果が高確率で当たることから長という地位も引き継がれていていました。そして同時に、長になるとある物を渡されるんです。それは、この国が成り立つ前からこの地にあったと言われる運気を高める笛です。一吹きすれば、その者に力を授け、その者の占うことは必ず当たるであろう、と伝えられています。成功率は百パーセント。しかし、私はやってはいけないことを占ってしまったんです。それが──」  カジハはいったん言葉を止め、再度深く息を吸ってから続けた。 「この国の未来の在りかた」  神妙な面持ちのカジハにつられ、ノンとシキはごくりと唾を飲んだ。 「結果は酷いものでした。〝近い将来、この国で大地震が起きる。家々は崩壊し、形を留めるのは数件だけになるだろう。大半の者は崩壊した家に巻き込まれて死。国は滅ぶ運命に至り──〟と。私だけの力で占ったなら、少なからず外れる可能性だってあったはず。ですが笛の力は偉大です。当たらないはずがない。私は国民に呼びかけて早く国から出ることを命じました。そして今、この国に人は私しか残っていない状態です。民なき国は、国にあらず。滅びたも同然。私も大地震でいつ死ぬかわかりません……」  語られた経緯に沈黙が流れ、重い空気がのしかかる。これ以上は説明の仕様がなくカジハは口を噤むが、かと言ってノンにもシキにもどう返せばいいかはわからなかった。占いで有名だったこの国が、占いによって滅ぶことになるとは思いもしない。話からまだ地震は起きておらず、国外へ逃げたおかげで死人を出さずにすんだようだが、繁栄したはずの国が滅んでしまったことには変わらない。  ちらりとシキはノンへと視線を向けるが、目に映るのは相変わらずの無表情。ノンの口から言葉がこぼれることは期待できず、シキは視線をカジハに戻してどの言葉を投げればいいか思案することにした。  ──しかし、ノンはただ無表情を貫いているわけではなかった。 《口を閉じよ愚か者! 主を正直者と我は認めぬぞ。主の言葉には真も誠もあらぬ。ただの虚言なり!!》  一際大きく頭に突き刺さる声がノンを襲っていた。シキの目に無表情に見えたそれは、ノンが二人に合わせようと平然を装っていただけでしかない。  その声はカジハの言葉に対して反応しているようだったが、やはりノンにしか聞こえていないようでシキもカジハもまるで反応を示さなかった。ノンは先ほどと打って変わった迫力に眉をぴくりと動かしてしまっていたが、二人には気づかれなかったようだ。  正体もわからない謎の声がなぜこんなにも怒号を立てるのか、声の言うとおりカジハが嘘を吐いているのか、ノンにはさっぱりわからなかったし、平然を装うことに手一杯でそこまで思考を巡らせる余裕はなかった。 「で、でもでも、なんでお姉さんは逃げないの? 死んじゃうかもしれないんだよ? 死ぬって悲しいことだと、思うな……」  ノンに起きている異常を知らず、ようやく声を上げたシキの質問にカジハはふふ、と笑って答えた。 「長たるもの、自分が守ってきた国から逃げるなんてできません。故郷で死ねるならそれもまた本望。致し方ないことと受け止めますわ」 「ひとりで寂しくない?」 「シキさんは優しいのですね。大丈夫ですよ、寂しくはありません。それに、未来起きる不運や悲劇を回避するための占いですもの。死人が出てしまう前に国民を救えたと思えば、長としての最後の務めを真っ当できたとも言えましょう」  そう言う割には、シキには悲しそうに見えた。憂いを秘めた遠い目。このまま放ってはおけず、何か自分たちにできることはないだろうかと再度ノンへ視線を上げる。  するとノンは左手で強く頭を押さえつけており、顔は汗で塗れていた。 「ノンちゃん!? どうしたの!」  シキとカジハが話している間にも、あの声はノンを襲い続けていたのだ。頭に轟く不気味な声。カジハの言葉に同調するようにその都度放たれる怒号。それはノンの耳や頭だけでなく、喉の奥を越え、腹の底から沸き立つ不快感を刺激した。あまりの気持ち悪さから次第に余裕がなくなり、そろそろノンは隠し通すことに限界を感じた。白状しようとシキを見上げると、  キイィィィン── 「う……ッ、」  今度は耳鳴りか、はたまた超音波に似た鋭く劈く高い音がノンの頭を突き刺した。  だが今回の音はノンだけでなく、シキにも聞こえたようでシキも顔をしかめている。 「ッ! 何今の音……!?」  すると、もう一度。  キイィィィン── 「ぅ、っ!」  今までは、深く突き抜けるかのような鈍く重圧な痛みがノンを襲っていた。それが、今度は針のように細く、鋭利な刃物で耳から頭を貫いている、そんな刺激が襲う。  シキにはノンのように耐えることができず、ノンにもたれかかるようにして気を失ってしまった。 「シキ……!」  ノンはシキを抱きかかえ体を揺らすがシキはぐったりとしており、この国に来る前にノンがシキの髪に挿したもみじが地面に落ちた。  何が起こっているのかわからず、ノンが顔をカジハに向けてみると、異様な光景に目を丸くする。 「ああ、我が主よ……いったいなぜ私を選んでくれないのですか……?」  カジハは二人の様子に気も留めず焦点の合わない目で呟き、かつノンのような気力を持たないような光のない目をして涙を流していた。 「カジハ、さん……?」

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